2011年8月11日木曜日

8/8 広島・長崎と福島

「広島・長崎の教訓を今われわれは活かせているか」

残留放射線の影響を無視したり、過小評価したりした理由は大きく分けて2つある。ひとつは、アメリカが軍事戦略上の理由から残留放射線の影響がないものにしなければ、核兵器を正当化できず、その意向に日本政府が従ったこと。もうひとつは、残留放射線による被害を補償することになってしまった場合、日本政府の負担額は非常に大きくなるので、それを防ぎたかったということ


1960年代に日本学術会議が「被爆者への影響についてABCCなどに任せるのではなく、日本独自の研究所を作りなさい」ということを政府に勧告しました。しかし、日本政府はなかなか認めなかった。ようやく原爆放射線医科学研究所を広島大学に、長崎大学に単なる研究施設を認めましたが、研究所の規模が小さいから、広範囲の被爆者を調べて研究しようと思えば、ABCCから資金面でのサポートを受け、共同研究を行わざるを得ない。そんな状況で育った学者が学会を占めているんです。


広島原爆計画についての記述も驚きでした。アメリカはあえて原爆を広島の真ん中に落とす必要があった。なぜなら彼らは標的を「直径4キロ以上の都市」で、「爆風によって効果的に被害を与えられなければダメ」で、「8月まで通常爆撃をされずに残っている都市じゃなきゃダメ」だと考えていたからです。[…]原爆の破壊力を調べるため、わざと広島を温存したわけですね。それを考えると事実上、アメリカは人体実験をしたといえる。そういうことを知らないまま、毎年8月6日を迎えていたことを恥ずかしく思いました。

0 件のコメント:

コメントを投稿