2010年12月31日金曜日

年末(3)

今日をもってこのブログはしばらくお休みします。

再開するときはツイッター等で告知したいと思います。

4ヶ月間どうもありがとうございました。

みなさまよいお年をお迎えください。

2010年11月17日

2010年12月28日火曜日

生活(4)

生活が忙しくて書けません…。すみません…。

ひとまず猫だけ…。

2010年12月27日月曜日

メモ(4)

水曜日くらいにアップするかもしれませんが、やや忙しいので書かないかもしれません。

2010年12月26日日曜日

翻訳(4)[終]

ハインリヒ・フォン・クライスト「人形劇について」(4)

 「わたしはロシアへの旅の途中、リヴォニアの貴族フォン・G氏の所有地に滞在したのですが、彼の息子たちはちょうど当時、熱心にフェンシングの練習を積んでいました。特にそのころ大学から戻ったばかりの上の息子は名人で、ある朝わたしが彼の部屋にいたので、わたしに剣を差し出してきました。わたしたちはフェンシングをしました。ところがたまたま、わたしが彼にまさっていました。興奮したせいで彼はさらに混乱して、わたしの繰り出す突きはほとんどどれも命中し、彼の剣はついに部屋の隅に飛んでしまいました。半分は冗談めかして、もう半分は傷ついたように、剣を拾い上げながら彼は言いました、『わたしにはあなたという師が見つかりました。しかし世界のすべてはみずからの師をもちます。そこでこれからあなたをあなたの師のもとに導きましょう。』兄弟は大声で笑って言いました、『さあ! さあ! 小屋へ降りましょう!』こうして彼らはわたしの手をとり、わたしを一頭の熊のもとへと導きました。彼らの父親フォン・G氏が裏庭で育てさせた熊でした。」

 「わたしが驚いたまま熊の前に歩み出たとき、熊は後ろ足で立っていました。つながれている柱に背中をもたせかけ、臨機応変に対応できるよう右手を上げ、わたしの目を見ました。それが熊のフェンシングの姿勢でした。わたしは自分がこのような敵と向かい合っているのを目にして、夢なのかどうかもわかりませんでした。しかし『突きなさい! 突きなさい!』とフォン・G氏が言いました、『一突きくらわせることができるかどうか、試してみなさい!』少し驚きから回復したので、わたしは剣を持って熊に向かって踏み込みました。熊はほんの少し手を動かしただけで突きをかわしました。わたしはフェイントで熊を誘いましたが、熊は動きません。わたしは瞬時の機敏さでまた踏み込みました。人間の胸であれば間違いなく命中したでしょう。熊はほんの少し手を動かしただけで突きをかわしました。今やわたしはほとんど若きフォン・G氏の場合と同じようになりました…。それに加えて熊の真剣さがわたしの正気を奪いました。突きとフェイントを交互に繰り返し、わたしは汗だくになりました。しかし無駄でした! たんに世界一のフェンシング選手のようにわたしの突きをすべてかわしただけでなく、熊は一度としてフェイントに反応しなかったのです(世界中のどんな選手も真似できないことです)。まるで目のなかにわたしの魂を読み取るかのように、目と目を合わせ、臨機応変に対応できるよう右手を上げたまま、わたしの突きが真剣な意図をもたなければ、熊は決して動きませんでした。」

 「この話を信じられますか?」

 「もちろんです!」とわたしは言って、喜んで喝采を与えた。「これほど本当らしい話は知らない人から聞いても信じるでしょう。ましてあなたから聞いたのですから!」

 「さて、優れた友よ」とC氏は言った、「これであなたはわたしを理解するために必要なすべてを所有したことになります。有機的な世界においては、反省が冥ければ冥いほど、反省が弱ければ弱いほど、そこに含まれる優雅はますます輝き、ますます支配的にあらわれてくることをわたしたちは見ました。――しかしながら、ある二本の直線の交点が別の一点の片側にあっても、その二直線が無限を通過すれば、突然またその点の反対側にあらわれるように、あるいはまた、凸面鏡に映る像が、無限に遠ざかった結果として、突然またわたしたちのすぐ目の前にあらわれるように、認識がいわば無限を通過すれば優雅もまたあらわれます。したがって、意識をまったくもたないか、あるいは無限の意識をもつか、どちらかの人間身体において同時に、優雅はもっとも純粋なかたちで生じるのです。すなわち人形か、あるいは神において。」

 「それでは」とわたしは少し考え込みながら言った、「わたしたちはもう一度認識の木の実を食べて、無垢の状態に落ち戻らなければならないのでしょうか?」

 「そのとおりです」と彼は答えた、「それが世界史の最終章です。」

[終]

2010年12月25日土曜日

クライスト(4)

ハインリヒ・フォン・クライスト「チリの地震」(改訳版)

1.

 チリ王国の首都サンティアゴ、1647年に大きく大地が揺れたその瞬間、幾千人が地に落ちたなか、ある犯罪の被告人、若いスペイン人ヘロニモ・ルヘラは、牢獄の柱のそばに立ち、収監されていたが、首を吊ろうとしていた。町有数の富裕な貴族ドン・エンリコ・アステロンは、1年ほど前、彼を家から、家庭教師に雇っていたが、遠ざけた。一人娘のドニャ・ホセフェと心の合意を結んだからである。あるとき秘密の逢引の約束が、この年老いたドンに、娘に厳しく警告したあとにもかかわらず、高慢な息子の陰険な注意深さから密告され、彼は怒り、娘を山中のカルメル派修道院に入れた。

 幸運な偶然でヘロニモは、ここでも交わりを結ぶことができ、ひとけのないある夜、修道院の庭を彼の全身を満たす幸福の舞台とした。聖体祭の日、修道女とあとに従う修練女の厳かな行列がはじまると、不幸なホセフェは、鐘が響くなか、教会の階段で陣痛に倒れた。

 この事件でひとびとの目は異常なほど上向いた。罪深い女は状態もかまわず投獄され、出産が済むやいなや、大司教の命令で厳しい裁判が開かれた。町では憤然とこのスキャンダルが語られ、舌鋒は事件が起こった修道院に向けられたため、アステロン家の嘆願も、院長自身の願いでさえも、普段は非難の余地ない態度の娘を好んでいたが、迫り来る修道院の厳格な法をやわらげることができなかった。起こりえたすべては、一旦宣告された火刑が副王の権力の一声で斬首刑に変えられただけだったが、この変更にサンティアゴの婦人と乙女は激怒した。

 引き回しの行列が通る道では賃料をとって窓が貸し出され、家々の屋根は取り払われ、町の敬虔な娘たちは神の復讐に捧げられたこの演劇を仲良しと鑑賞しようと友人たちを招待した。

 ヘロニモはこの間同様に収監され、意識を失いそうになったのは、事態が恐ろしく向きを変えたのを知ったときである。救出策を練っても無駄だった。どんなに大胆に思考の翼を広げても、つねに閂と壁にぶつかり、鉄格子を切ろうとしたが発見され、さらに狭い房へ閉じ込められた。彼は聖母マリアの肖像画の前にひざまずき、無限の情熱で祈った。今なお救いを求めうる、唯一の相手と思って。

 しかし恐れていた日になり、胸中、彼は自身の状況に少しの希望もないことを確信した。鐘が刑場へ向かうホセフェに連れ添って鳴り響き、絶望が彼の魂を支配した。彼には人生が厭わしく思われ、偶然が残してくれた一本の縄でみずからに死を与えようと決心した。まさに彼が、すでに述べたように、壁面の柱のそばに立ち、蛇腹に嵌め込まれたかすがいに、嘆かわしい世界から連れ去ってくれるはずの縄を固定したそのときだった。突然町の大部分が、空が落ちたような轟音とともに沈み、生を呼吸していたすべてのものが瓦礫に埋まった。ヘロニモ・ルヘラは恐怖にからだが固まった。そして意識が潰れたかのように、今度は柱にしがみついた。そこで死のうとしていた柱に、倒れないように。大地が足下で揺れた。牢獄の壁がすべて裂けた。建物が傾き通りの方へ倒れた。そのゆっくりとした落下に、向かいの建物の落下が出会い、偶然のアーチができたため、完全に地面に叩きつけられはしなかった。震え、髪を逆立て、ひざを震わせ、ヘロニモは斜めになった床を滑り下り、開口部へ向かった。二つの建物の衝突で牢獄の前壁が裂けたのである。

 外に出るやいなや、すでに一度揺れを受けていたこの通りは、大地の二度目の振動で完全に崩れ落ちた。みなが共有するこの破滅からいかにわが身を救うか意識もせず、彼は瓦礫と残骸を越えて急ぎ、その間にも死が全方位から攻撃を仕掛けてきたが、一番近い市門の一つへ向かった。ここでは家が崩れ、瓦礫を撒き散らして彼を狩り立て脇道へ追い込み、ここでは建物から炎が噴き出し、煙の中で光り彼を恐怖させまた別の道へ連れ込み、ここではマポチョ川が溢れて水が押し寄せ、うなりを上げて彼を第三の道へ引きずり込んだ。ここでは死者が山のように積み重なり、ここでは瓦礫の下で声がうめき、ここでは燃える家からひとびとが叫び、ここでは人間と動物が波と戦い、ここでは勇敢な男が懸命に救助し、ここでは死のように蒼ざめた別の男が立ちつくし、言葉もなく、震える両手を天に向かって伸ばしていた。ヘロニモは門に辿り着き、門を出た先の丘に登ると、その上で気絶し、沈んだ。

 十五分ほど極めて深く意識をなくしていたかもしれない。彼はようやく目を覚ますと、町に背を向けたまま地面に上半身を起こした。額や胸に触れてみても、なにがどうなっているのかわからなかったが、海からの西風が次第に戻ってくる生に吹き寄せ、目がサンティアゴの花盛りの地方を見渡すと、言いようのない恍惚感に襲われた。心乱したひとびとのかたまりがいたるところに見られたが、それだけが彼の心を締め付けた。何が自分と彼らをここへ導いたのか、彼にはわからなかった。ようやく振り返り、背後に広がる町が沈んでいるのを目にしてはじめて、彼はみずからの体験した恐ろしい瞬間を思い出した。彼は額が地面に触れるほど深く沈み込み、奇跡的に救ってくれたことを神に感謝した。そしてただ一つの恐ろしい印象が心に刻み込まれ、それ以前のすべての印象を追い払ったかのように、彼は嬉しくて泣いた、自分は多彩な出来事に溢れたこの愛しい人生をこれからも楽しむことができるのだ、と思って。

 そのあと、手にはめた指輪を目にすると、彼は突然ホセフェのことも思い出した。それとともに牢獄も、そこで聴いた鐘の音も、崩壊直前の瞬間も思い出した。深い憂いがふたたび胸を満たした。彼は祈りを捧げたことを後悔しはじめ、雲の上で支配する存在が恐ろしく思われた。彼は民衆の中へ混じって行った。ひとびとはいたるところ、所有物を救出しながら市門から飛び出していて、彼はおそるおそるアステロン家の娘のことを、その死刑執行がなされたかどうかをたずねたが、一人として詳細を聞かせる者はなかった。ある女が、うなじが地面につくほど恐ろしい量の食器を背負い、子供を二人胸にぶら下げながら、通りすがりに、まるで見て来たかのように言った、あの娘は首を刎ねられたよ。ヘロニモは振り返った。時間を考えれば刑の執行は疑えなかったので、ひとけのない森に腰をおろすと、全身を満たす苦痛に身をゆだねた。彼は自然の破壊的暴力がもう一度自分に襲いかかってきてほしいと願った。彼自身わからなかった、なぜ自分は死を、苦悩に満ちた魂が求めていた死を、まさにそれが全方位から救いに来てくれた瞬間に、みずから逃れてしまったのか。彼は今この樫の木が根を失い梢が倒れてきても決して揺らぐまいと決意した。さてその後、泣き尽くすうちに、熱い涙のただ中から希望がまた生まれたので、彼は立ち上がり、あらゆる方角に野原を歩きまわった。ひとが集まる山の頂はどれでも訪れ、避難の大河がなお動くすべての道でひとびとに近づいた。女の服が風に揺れれば震える足で向かったが、どれ一つ愛するアステロン家の娘を包んでいなかった。太陽が傾き、太陽とともに希望もまた落ちかけたころ、ある岩のへりを歩いていくと、わずかなひとしかいない広い谷への視界が開けた。どうするか決めかねたまま、ひとつひとつの集団のあいだを歩き抜け、ふたたび別の方へ向かおうとしたまさにそのとき、渓谷を潤す湧水のそばに突然一人の若い女が見えた。女は子供を水で洗い清めていた。彼の心はこの光景に躍り上がった。期待に満ちて岩を飛び降り、彼は叫んだ、ああ神の母なる聖母、聖なるあなた! それがホセフェであるとわかったのは、彼女が物音におそるおそる振り向いたときだった。どんなに幸福に二人は抱き合ったことだろう、天の奇跡が救ってくれたこの不幸な二人は!

 ホセフェは死へ向かい、すでに刑場の近くにいたが、轟音とともに建物が崩れ、突然引き回しの行列は四散した。彼女は恐ろしさにまず直近の市門へ走ったものの、すぐに意識を取り戻すと、向きを変え修道院へ急いだ。小さな、頼る者もないわが子が残されていた。彼女は修道院全体がすでに炎に包まれているのを目にした。そしてあの修道院長が、ホセフェとの最後の瞬間、赤子の世話を約束していたのだが、今まさに叫んでいた、門の前に立ち、助けを求めて、誰か赤子を救い出してくれと。ホセフェは飛び込み、向かってくる煙にも怯まず、全方位から崩れてくる建物の中へ進んだ。そして天使の庇護を受けたかのごとく、赤子と一緒に無傷で正面から出てきた。驚く修道院長の腕に抱きつこうとしたそのとき、修道院の前壁が倒れてきて、修道院長は修道女ほぼ全員とともに不名誉なかたちで打ち殺された。ホセフェはこの恐ろしい光景に震えた。修道院長の目をさっと閉じると、彼女は逃げた。恐怖に全身を満たされ、大事な男の子を、天がふたたび贈ってくれたのだから、この破滅から逃れさせようと。

 数歩も行かないうちに大司教の死体にも出会った、潰れた死体が教会の瓦礫の中から引きずり出されたところだった。副王の宮殿は沈んでいた。判決の下った裁判所は燃えていた。かつての父の家は湖となって煮え立ち、赤い湯気を上げていた。ホセフェは力をふりしぼって正気を保った。嘆きを胸から払いのけ、勇気をもって収穫物とともに通りから通りへと進んだ。すでに市門に近づいたそのとき、彼女はヘロニモが悲嘆に暮れた監獄が瓦礫に埋まっているのを目にした。この光景によろめき、意識を失い町角に倒れそうだったが、まさにその瞬間、背後の建物が倒れてきて、数度の揺れですでにもろくなっていたのだが、恐怖が力を与えてくれたので、また狩り立てられた。彼女は子供にキスをし、目から涙を拭うと、もはや周囲の惨状を気にもとめず、市門に辿り着いた。外へ出て振り向き、すぐに結論付けた、瓦礫になった建物の住人が潰されたとは限らない、と。

 彼女は最初の分かれ道で立ち止まり、この世で小さなフィリップの次に愛しいあの人があらわれはしないかと待った。彼女は進んだ、誰も来ず、ごった返すひとびとが増えたからである。先まで行き、また振り向き、待った。その後たくさんの涙を流しながら、松が影をつくっている暗い谷へと入り、消えたと信じた彼の魂に祈りを捧げた。その谷で恋人を見つけ、ふたたび幸福を見出したのだから、ここはまるでエデンの谷かと思われた。

 こうしたすべてを、彼女は感動に満たされながらヘロニモに物語り、彼に、彼女はし終えていたので、キスしてあげるよう男の子をさし出した。――ヘロニモは受け取ると、言いようもない父の喜びを感じつつ男の子を撫で、見知らぬ顔に泣き出した口を終わりない愛撫で閉じさせた。そのあいだに実に美しい夜が降りた。優しい香りに満ち溢れ、銀色に輝いて、ひっそりとして、詩人しかみられない夢のようだった。いたるところ、谷の湧水沿いに、かすかな月明かりの中、ひとびとが場所を決め、苔と葉でやわらかい寝床をつくり、苦しみに満ちた一日を休もうとしていた。あわれな人たちはなお嘆いていて、ここの男は家を、あちらは妻子を、三番目はすべてを失ったと言うので、ヘロニモとホセフェは濃いめの茂みに忍び入り、自分たちの魂がひそかに歓喜の声を上げても誰も悲しませないようにした。彼らは見事な石榴の木を見つけた。香る果実をいっぱいにつけた枝を大きく広げていた。ナイチンゲールが梢の中で淫らな歌をさえずった。ヘロニモとホセフェはこの幹にもたれることにして、ホセフェはヘロニモのふところに、フィリップはホセフェのふところにもたれ、ヘロニモの外套をかけて休んだ。木の影が伸びていった、月光を散らしつつ、三人の向こうへ。月が朝焼けに白むころ、彼らはようやく眠りに落ちた。話は無限にあった。修道院の庭のこと、監獄のこと、互いを思ってつらかったこと。そして思えばとても心動かされるのだった、どれだけの悲惨がこの世界を襲わねばならなかったことだろう、わたしたちが幸せになるために!

 彼らは決心した、大地の揺れが止み次第、ラ・コンセプシオンに行き、そこでホセフェの信頼する女友達に少し資金を借りられるだろうから、そのままヘロニモの母方の親戚がいるスペインに渡り、かの地で幸福な人生を終えよう、と。こうしてたくさんのキスに埋もれ、二人は眠りに落ちた。


2.

 目覚めると太陽はすでに高く、彼らは近くにほかの家族がいくらかいるのに気がついた。ひとびとは火をおこし、簡単な朝食を用意していた。ちょうどヘロニモも、どうやって自分の家族に食べ物を調達しようか考えていたが、そのとききちんとした服装の若い男が、腕に子供を一人抱き、ホセフェのもとまでやってきて、慎み深くたずねた、この可哀そうな子に、母親は怪我をしてあの木の下で横になっていますから、少しのあいだお乳をあげてもらえませんか。ホセフェはやや混乱した。彼が知人だとわかったからだったが、相手はこの混乱を誤って解釈し、さらに続けた、ほんの瞬間です、ドニャ・ホセフェ、この子はわたしたち全員を不幸にしたあの時刻から何も口にしていません。そこで彼女は言った、「わたしが黙ってしまったのは――別の理由からです、ドン・フェルナンド。こんな恐ろしいときですから、何を所有していようと、それを分け与えることを拒む人などいません。」そしてこの小さなよその子を受け取ると、自分の子は父親に与え、胸に寄せた。ドン・フェルナンドは善意に感謝してたずねた、みなさんもわたしと一緒にあちらの社会に加わりませんか、ちょうど火のそばで簡単な朝食を用意していますから。ホセフェは、お申し出、わたしは喜んでお受けしますと答え、あとに従い、ヘロニモも異議はなかったので、彼の家族のもとへ向かった。そこでホセフェは、心から温かく、ドン・フェルナンド夫人の二人の妹に、とても気品ある若い婦人で知り合いではあったが、迎えられたのである。

 ドン・フェルナンドの奥方ドニャ・エルビーレは、両足に大怪我をして大地に横たわっていたものの、栄養不足の息子がその胸に抱かれているのを目にして、ホセフェを愛想良く招き寄せ、腰を下ろさせた。ドン・フェルナンドの義理の父ドン・ペドロも肩に怪我をしていたが、ホセフェに心をこめて会釈した。

 ヘロニモとホセフェの胸の中で奇妙な考えがうごめきだした。これほど親しみと善意をもって扱われるのを目にすると、過去のことをどう考えたらいいのかわからなかった。刑場を、牢獄を、鐘の音をどう考えたらいいのかわからなかった。夢を見ていただけなのだろうか? それはまるでひとびとの心が、あの恐ろしい衝撃の轟音に満たされることで、すべて和解したかのようだった。彼らはあの衝撃以前の記憶に遡ることができなかった。ただドニャ・エリサベスだけは、友人に昨日の朝のあの演劇に招かれ、その招待を受けなかったが、ときおり夢見るような視線をホセフェのうえにとめていた。だがまた何か新たに恐ろしい不幸が報告されたので、現在からほとんど逃れてなかった彼女の魂は、すぐまた現在へ引き戻された。

 ひとが物語るところによればこうだった、町は最初の大揺れの直後、男たちの目の前で子を産み落とす女たちでいっぱいでした。修道僧たちはキリスト像を手に町中を走りまわり、叫んでいました、世界の終わりが到来した! 副王の命令で番兵がある教会を明け渡すよう求めても、こう答えが返ってきました、チリの副王などもはや存在しない! 副王が恐ろしい瞬間のただ中で絞首台を建てる必要があったのは、略奪に歯止めをかけるためだったのですが。ある無実の男は、一軒の燃え盛る家を裏口から走り抜けて助かったにもかかわらず、所有者の早合点で捕えられ、すぐに首を吊るし上げられてしまったのです。

 ドニャ・エルビーレは、彼女の怪我をホセフェが世話していたのだが、物語がまさにもっとも活き活きと交差した瞬間に機をとらえ、ホセフェにたずねた、この恐ろしい日にあなたのほうはいかがでしたか。ホセフェが彼女に、締め付けられた心でいくつか主要なところを述べると、この夫人の目に涙が溢れるのを見て、ホセフェは嬉しかった。ドニャ・エルビーレは彼女の手を掴み、握り締め、目で合図した、もう黙っていいと。ホセフェは聖人たちのなかにいるような気がした。抑えられない感情が、流れ去った昨日という日を、どれだけの悲惨を世界にもたらしたにせよ、救いと名付けた。天がこれまで彼女にもたらしたことのなかったほどの救いと。実際、この恐ろしい瞬間に、人間たちの現世の財産はすべて地に落ち、自然は瓦礫に埋め尽くされかけたが、人間精神そのものは、美しい花のように咲き上がるかと思われた。野を見渡すとあらゆる階級の人間が混ざり合って横になっていた、領主と乞食、貴婦人と農婦、官吏と日雇、修道士と修道女。互いに同情し、相互に助け、自分の命をつなぐために救いだしたものを喜んで分け合い、まるでみなが共有する不幸が、それを逃れたすべての者をひとつの家族にしたかのようだった。

 これまで世界は、何も言ったことにならないお茶会の雑談のために素材を寄こしてきたが、今や途轍もない行為の実例が物語られた。これまで社会であまり尊敬されなかったひとびとがローマ人のような偉大さを示した。山のような実例が、恐れなさ、嬉々とした危険の軽視、自己否定、神々しいまでの自己犠牲、そして何の価値もない財産のように、もう一歩歩けばまた見つかるもののように、躊躇なく命を投げ出す行為を伝えた。それどころか、この日その身に心動かされることが起こらなかった者、もしくはみずから高潔なことを行わなかった者は一人もいなかったので、各人の胸中の苦痛は甘い歓喜と混じり合い、ひとびとは胸の内では、みなが共有する幸福の総和は、一方で減ったのと同じ分だけ他方で増したと言えなくもないと思った。
 
 二人はこうした考察を黙ったままでし疲れたので、ヘロニモがホセフェの手をとって、口にできない明るい気持ちで、柘榴の森の葉陰の中を上へ下へと導いた。彼は言った、ひとびとの心のこうした雰囲気とあらゆる関係の変革を考慮して、わたしはヨーロッパに渡る決意を放棄したい。ご存命なら、わたしはわたしの件で常に好意的に振る舞ってくださった副王の前に跪く。希望はある(彼は彼女にキスをした)、きみと一緒にチリに残れると思う。ホセフェは答えた、似たような考えがわたしにも上ってきていた。わたしももう、父が生きていれば和解できることを疑わない。ただわたしは、跪くよりもラ・コンセプシオンに行き、そこから文書で副王と和解手続きをとることを提案したい。そうすればどんな場合にも港の近くにいられるし、最善の場合、つまり手続きが望み通りに向きを変えたら、すぐサンティアゴに戻ることができるから。しばし熟考して、ヘロニモは賢明なこの手段に喝采を与えた。そして彼女を導いてまた少し、明るい未来のときの上を飛び回りつつ小道をうろつき、彼女とともに社会へ戻った。


3.

 この間に午後が近づき、群がり動いていた避難民たちの心が、大地の震動がひいてやや静まるやいなや、ある知らせが広まってきた。地震が被害を与えなかった唯一の教会であるドミニコ会教会で、修道院長自身によって特別なミサが執り行われ、これ以上の不幸から守ってくれるよう天に願いを捧げるという。

 民衆はすでにあらゆる方面から飛び出し、幾筋かの流れとなって町へ急いでいた。ドン・フェルナンドの社会では、この聖祭に参加し、みなが共有する行列に加わるべきではないかという問いが提起された。ドニャ・エリサベスはいくらか心を締め付けられ、思い出してほしいと言った、どんな災厄が昨日教会で生じたことでしょう。こうした感謝の式典は繰り返し行われ、あとになるほど危機はより遠くへ過ぎ去り、その分明るく穏やかに感情に身をゆだねることができるはずです。ホセフェはいくらか興奮してすぐに立ち上がり、意見を述べた、わたしはこの顔を造物主の前の土に押しあてたい衝動を今ほど活き活きと感じたことはありません、彼が理解不能で崇高な力を示されている今ほど。ドニャ・エルビーレはホセフェの意見に盛んに賛意を表した。彼女はミサを聴くべきだという考えにこだわり、社会を導くようドン・フェルナンドを促したので、ドニャ・エリサベスを含め全員が立ち上がった。ただドニャ・エリサベスは、胸を激しく動悸させ、ささいな出発の準備もためらいがちで、どうしたのかとたずねても、わたしにも自分の中にどんな不幸の予感があるのかわからないと答えるので、ドニャ・エルビーレは彼女を落ち着かせ、自分と具合の悪い父のもとに残るよう求めた。ホセフェは言った、ではドニャ・エリサベス、この小さな男の子を引き取ってもらえますか。もうまたこうしてわたしのところに来てしまったのです。喜んで、とドニャ・エリサベスは答え、彼を捕まえようとしたが、子供は自分に生じた不正に悲痛な叫びを上げ、決して承諾しなかったので、ホセフェは微笑みながら言った、わたしがこの子を手元におきます。そして彼女はキスをして子供を静かにさせた。ドン・フェルナンドはこの振舞いの気品と優美を非常に気に入り、ホセフェに腕をさしのべた。ヘロニモは小さなフィリップを抱えてドニャ・コンスタンツェを導き、この社会を訪れていた残りの構成員があとに従った。こうした秩序で行列は町へ向かった。

 50歩も歩かないうちに、これまで激しくひそかにドニャ・エルビーレと話していたドニャ・エリサベスが、ドン・フェルナンド! と呼ぶのが聞こえ、落ち着かない足取りで急いで追いかけてくるのが見えた。ドン・フェルナンドは立ち止まり、振り向いた。彼女が近づいてくるのを待ち受け、ホセフェから身を離さずたずねた、というのも近づいてくれるのを待つかのように彼女がいくらか離れて立ち止まったのである、どうした? ドニャ・エリサベスはそう言われて彼に近づいたが、抵抗感があるようだった。そして彼に、しかしホセフェには聞こえないように、二言三言そっと耳打ちした。それで? とドン・フェルナンドはたずねた、そこから生じるかもしれない不幸というのは? ドニャ・エリサベスはその先を、心乱した顔の彼の耳にささやいた。ドン・フェルナンドの顔に怒りの赤が上った。彼は答えた、もういい! ドニャ・エルビーレには落ち着いていてほしいと伝えてくれ。そして彼の婦人をそのまま先へと導いた。

 彼らがドミニコ会の教会に着いたときには、すでにオルガンが壮麗な音楽を聴かせ、計り知れない人の群れが建物の中で波打っていた。雑踏ははるか教会前の広場まで伸び、壁沿い高く掛けられた絵画の額縁には少年たちが腰かけて、期待に満ちたまなざしで手には小銭を握っていた。すべてのシャンデリアから光が注ぎ、柱は夕暮れのはじまりとともに謎めいた影を投げ、一番奥の巨大な薔薇窓はそれを照らす夕陽そのもののように赤く燃え、そしてオルガンが沈黙すると、静寂が集会全体を支配した。誰一人、一つの音さえ胸にもたないかのようだった。かつていかなるキリスト教の大聖堂でも、今日のサンティアゴのドミニコ会大聖堂ほど情熱の炎を天に向けて上げたことはなかった。そしてどんな人間の胸よりも暖かい火をそこに加えていたのは、ヘロニモとホセフェの胸だった! 

 聖祭は説教で始まった。最長老の司教座聖堂参事会員の一人が礼装をまとい、説教台から執り行った。彼はゆったりと流れる上着に包まれた震える両手を高く上げ、称讃、讃美、感謝を捧げ始めた。このように崩壊し瓦礫と化した世界でも、人間は神に対して、どもりながらも話しかけることができます。彼は述べた、全能の者の合図一つで何が起こったことでしょう。最後の審判もこれほど恐ろしくはないでしょう。だが彼が、にもかかわらず昨日の地震を、大聖堂が受けた一つの亀裂を指差しながら、最後の審判の前触れに過ぎないと名指したとき、集会全体に戦慄が走った。続けて彼は、聖職者の雄弁術という川の流れに乗って、この町の風紀の堕落に触れ、ソドムとゴモラでさえ目にしなかった惨状の数々を非難し、ひとえに神の無限の寛容のおかげで、地震によっても町は完全には壊滅しなかったのです、と言った。

 しかしこの説教ですでに完全に引き裂かれていたわたしたちの不幸な二人の心が、まるでナイフに刺し抜かれたのは、司教座聖堂参事会員がこの機を捉えて、カルメル派修道院の庭で犯された神の冒涜について詳しく触れたときだった。彼はこの行為が世間で受けた寛大な措置を神の侮辱と名指し、呪いの言葉に満たして話の向きを変えながら、その行為者たちを文字通り名指して、その魂を地獄の悪魔に引き渡した! ヘロニモの腕につかまったまま震えながら、ドニャ・コンスタンツェが言った、ドン・フェルナンド! しかし彼は激しくひそやかに、二つが結びつくように答えた、「黙ったままで、ドニャ、眼球も動かさず、気絶して沈んだようになさい、それを合図にこの教会を出ます。」だがドニャ・コンスタンツェがよく練られたこの手段を実行するより先に、一つの声が叫びを上げ、司教座聖堂参事会員の説教を大声で中断した。離れろサンティアゴ市民、ここにその神を侮辱した人間たちが立っている! するとまた別の声が、恐怖に満たされ、周囲に驚愕の輪を生みつつたずねた、どこだ? ここだ! と第三の者が応え、神をも恐れぬ神聖さに満たされて、ホセフェの髪を掴んで引き倒そうとしたので、ドン・フェルナンドが押さえてなければ、ホセフェはよろめき、彼の息子ともども地面に倒れるところだった。あなたたちは気が狂ったのか? と青年は叫び、ホセフェの体に片手をまわした、「わたしはドン・フェルナンド・オルメス、あなたたちみなが知るこの町の司令官の息子だ。」ドン・フェルナンド・オルメス? と言ったのは、彼のすぐ前に立ちふさがった靴職人だった。彼はかつてホセフェのために働いたことがあり、ホセフェのことを少なくともその小さな両足と同じくらいよく知っていた。この子供の父親は誰だ? と彼はアステロン家の娘に対して無礼な反抗を見せた。ドン・フェルナンドはこの問いに蒼ざめた。彼はためらいがちにヘロニモを見たかと思うと、自分を知る者がいないか集会を見渡した。恐ろしい関係に強いられホセフェは言った、この子はわたしの子ではありません、ペドリーリョ親方、思い違いです。彼女は魂に無限の不安を感じつつ、ドン・フェルナンドを見ながら言った、この若い方はドン・フェルナンド・オルメス、あなたたちみなが知るこの町の司令官の息子です! 靴屋はたずねた、市民諸君、この若い男を知っている者はいるか? すると周りの幾人かが反復した、ヘロニモ・ルヘラを知っている者はいるか? いたら出てきてくれ! このときたまたま、全く同じ瞬間に、小さなフアンが騒ぎに驚き、ホセフェの胸を離れてドン・フェルナンドの腕に入りたがった。これを見て、あの男が父親だ! と一つの声が叫び、あの男がヘロニモ・ルヘラだ! と別の声が叫び、あの二人が神を冒涜した人間だ! と第三の声が叫んだ。石を投げろ! 石を投げろ! イエスの神殿に集うキリスト教徒よ! すると今度はヘロニモが叫んだ、やめろ! ひとでなしども! ヘロニモ・ルヘラを探しているならここにいる! 無実のその男性を解放しろ!――

 怒り狂ったかたまりは、ヘロニモの発言に混乱し、立ちすくんだ。複数の手がドン・フェルナンドを離した。まさにこの瞬間、重要な地位にあるさる海軍将校が急いで近づいてきて、この騒ぎを突き抜け、たずねた、ドン・フェルナンド・オルメス! きみたちに何が起こった? 今や完全に解放されたドン・フェルナンドは、真に英雄的な思慮深さで答えた、ああ、見てくれ、ドン・アロンソ、この殺人狂たちを! わたしにはどうしようもなかった、もしこの威厳溢れる男性が、狂った群れを静めるために、ヘロニモ・ルヘラだと名乗ってくれなければ。きみが善意を尽くしてくれるなら、この人を逮捕してくれ、この若い婦人と一緒に。そして二人の安全を確保してほしい。それから何の価値もないこの男も逮捕してくれ、とペドリーリョ親方を捕まえて、この男が暴動全体を煽動したんだ!靴屋は言った、ドン・アロンソ・オノレハ、あなたの良心にかけておたずねします、この娘はホセフェ・アステロンじゃありませんか? するとホセフェをよく知るドン・アロンソが返事をためらい、そのため複数の声がふたたび怒りに燃え、この女だ、この女だ! この女を死刑にしろ! と叫んだので、ホセフェはこれまでヘロニモが抱いていた小さなフィリップを小さなフアンとともにドン・フェルナンドの腕にあずけ、言った、行ってください、ドン・フェルナンド、あなたの二人のお子さんを救ってください、わたしたちのことはわたしたちの運命にゆだねてください!

 ドン・フェルナンドは二人の子供を受け取り、言った、わたしは自分の社会に危害が加えられるのを許すくらいならむしろ死にます。彼はホセフェに、海軍将校の剣を借りると、腕をさしのべ、後ろの男女にもあとに従うよう求めた。彼らは実際、こうした施設では十分な敬意をもって場所をあけてもらえたので、教会の外まで出た。そして救われたと思った。だが同じように人に満ちた教会前広場へ踏み入るやいなや、追いかけてきた狂ったかたまりの中から一つの声が叫んだ、この男がヘロニモ・ルヘラだ、市民諸君。なぜならわたしが父親だ! そして声は、ドニャ・コンスタンツェのわきにいたヘロニモをすさまじい棍棒の一撃で地面に叩きつけた。イエスさま、マリアさま! とドニャ・コンスタンツェは叫び、義兄のもとへ逃げた、だが、修道院の売女め! という声が別の方から響きわたり、第二の棍棒の打撃が彼女をヘロニモの隣に打ちのめした。なんてことを! と見知らぬ男が言った、これはドニャ・コンスタンツェ・シャレだったのに! どうして彼らはわたしたちをだました! と靴屋が応えた、正しい女を見つけ出して殺せ! ドン・フェルナンドはコンスタンツェの死体を目にすると怒りに燃え上がった。彼は剣を抜き、振るい、打ち込んだので、この男、惨状のきっかけをつくった殺人狂は、二つに切断されそうだったが、向きを変えて怒りの一撃をかわした。しかしドン・フェルナンドは押し寄せる群れに力でまさらなかったので、さようなら、ドン・フェルナンド、子供たちとお幸せに! とホセフェは叫び、さあ殺しなさい、血に飢えた虎たち! と自由意志で彼らの中へ飛び込み、この戦いに終わりをつけようとした。ペドリーリョ親方が彼女を棍棒で殴り殺した。そして飛び散った血を浴びたまま、私生児も母親の後追いで地獄へ送ろう! と叫ぶと、いまだ満たされぬ殺人欲でふたたび迫った。

 ドン・フェルナンド、この神のような英雄は、今や背中を教会にもたせかけ、左手に子供たちを抱き、右手に剣を握った。ひと振りするたびに稲妻のごとく一人ずつ地面に打ち倒し、獅子でもこれほど抵抗できまい。血を追い求める犬が七匹、彼の前に死んで横たわり、悪魔的集団の首領も傷を負った。だがペドリーリョ親方は休むことなく、ついには子供の一人の足を掴んで胸から引き剥がすと、頭上で円を描いて振り回し、教会の柱の角で潰した。するとあたりは静まりかえり、すべてが遠ざかった。ドン・フェルナンドは、自分の小さな息子フアンが目の前に横たわるのを目にした。頭から脳髄が流れ出ていた。彼は名前のない苦痛に満たされ、両目を天に向けた。

 海軍将校が戻ってきて彼を慰めた。今回の不幸におけるわたしの無為はいくつかの事情から正当化されるが、それでも後悔していると彼は言った。だがドン・フェルナンドはきみが非難されることは何もないと言って、ただ今から死体を運ぶのを手伝ってほしいと頼んだ。死体はすべて、訪れつつある宵闇の中を、ドン・アロンソの住まいへ運ばれた。ドン・フェルナンドも小さなフィリップの顔の上でたくさんの涙を流しながら、死体のあとに従った。その日彼はドン・アロンソの住居に泊まり、そして長い間、偽りの演技をしながら、妻に不幸の全容を教えることをためらった。あるときは彼女が病気だから、またあるときは彼女がこの出来事における彼の態度をどのように判断するかわからないからと言った。しかしその後まもなくして、偶然、ある来客によって起こったすべてが知らされると、この優れた婦人は黙って母としての苦痛を泣き尽くし、輝く涙を残したまま、ある朝彼の首もとに落ちてきて、彼にキスをした。ドン・フェルナンドとドニャ・エルビーレは、その後あの小さなよその子を里子として引き取った。ドン・フェルナンドは、フィリップをフアンと比べ、また二人の子供をどのように獲得したかを比べるたびに、自分はほとんど喜ばなければいけないくらいだと思った。

[終]

2010年12月24日金曜日

時間科学(4)

1.

 アリストテレスにおいて時間は「数」である。したがって均質あるいは等質といったことさえ問題にならない。むしろ「質」などないのである。「数」に「質」はないのだから。

 時間は質をもたない。だから時間自体が速い遅いということは言えないし、濃い薄いということも言えない。時間を経験することはできない。数を経験することができないのと同じように。

 この時間理解は、天球の運動から導き出されている。ニュートンやライプニッツにおいて時間の理解が宗教と結びついていたように、アリストテレスは時間を『自然学』の中で論じ、「自然」と結びつけている。

 時間はそれ自体で知覚可能な存在ではない。したがって時間の知覚あるいは理解は常に何かしらの「依り代」を必要とする。天体、四季、潮の満ち引き、あるいは神のように。現代における時間の「依り代」とはなにか? 時間の在り方に最大の影響を与えているものはなにか? なにがわたしたちの時間を司っているのか? インターネットだ。インターネットが時間理解のモデルになるのはその意味で当然なのである。


2.アリストテレス『自然学』(前345年頃、岩波書店)

時間をわれわれが認知するのは、ただわれわれが運動を、その前と後で限定しながら、限定するときにである。そしてまた、われわれが「時がたった」と言うのは、われわれが運動における前と後の知覚をもつときにである。ところで、われわれが前と後を識別するのは、それをお互いに他のものであると判断し、それらの中間にそれらとは異なる或るものがあると判断することによってである。すなわち、われわれがこれら両端の項を中間項とは異なるものどもであると思惟し、「今」が前の今と後の今との二つであるとわれわれの霊魂が語るとき、そのときにまた、われわれは、これが時間であると言うのである。[…]前と後を知覚する場合には、われわれはそこに時間があると言う。というのは、時間とはまさにこれ、すなわち、前と後に関しての運動の数であるから。[原文改行]だから、時間は、ただの運動なのではなくて、数をもつものとしてのかぎりにおける運動なのである。[…]われわれは、ものの多い少ないを判断するのに数をもってするが、運動の多い少ないは時間で判別している、だから、時間は或る種の数である。 [170頁]

時間は速いあるいは遅いとは言われないもので、多いあるいは少ない、または長いあるいは短いと言われるものであるということも、明白である。すなわち、時間は、連続的なものとしては、長くあるいは短くあり、数としては、多くあるいは少なくある。だが、時間が速くありあるいは遅くあるということはない、というのは、それは、われわれがものを数えるのに使う数に速い遅いがないのと同様だからである。 [174頁]

変化は、また成長増大や生成も、均等的ではないが、この移動は規則的である。それゆえにまた、時間はすなわち天球の運動である、とも思われるのである。そのわけは、この天球の運動でその他の種類の運動が測られ、また時間もこの運動で測られているからである。またこのゆえに、つぎのような慣習的な言い方も生じてくるのである、すなわち、人間的な諸事象は円環をなしており、またその他の自然的な運動や生成消滅をもつ諸事象にも円環がある、と人は言う。それは、これらすべての事象が、時間によって判定され、そしてその終りと始めとが、あたかもある周期的循環路における終りと始めとのように解されているからである。そしてまた、人のこう言うのも、時間それ自らが或る種の円環であると考えられるからである。そして、このように考えられるのは、さらにまた、時間がこのような移動(天球の円環的運行)の尺度であるとともに、この時間それ自らがこのような移動によって測られるがゆえにである。したがって、「生成する諸事象は円環をなしている」と人の言うのは、「時間に或る円環がある」と言うのに等しい。そしてこのことは、時間が円環的運行によって測られるということである。 [188頁]

2010年12月23日木曜日

時間哲学(4)

1.ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』(岩波文庫)

1 世界は成立していることがらの総体である。
1.1 世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。

1.13 論理空間の中にある諸事実、それが世界である。

2.04 成立している事態の総体が世界である。
2.05 成立している事態の総体はまた、どの事態が成立していないかをも規定する。
2.06 諸事態の成立・不成立が現実である。

2.063 現実の全体が世界である。

2.1 われわれは事実の像を作る。
2.11 像は、論理空間において、状況を、すなわち諸事態の成立・不成立を表す。

2.181 その写像形式が論理的であるとき、その像は論理像と呼ばれる。
2.182 すべての像は論理像でもある。(それに対して、たとえば、すべての像が空間的な像であるわけではない。)
2.19 世界を写しとることができるのは、論理像である。

3 事実の論理像が思考である。
3.001 「ある事態が思考可能である」とは、われわれがその事態の像を作りうるということにほかならない。
3.01 真なる思考の総体が世界の像である。
3.02 思考は、思考される状況が可能であることを含んでいる。思考しうることはまた可能なことでもある。
3.03 非論理的なものなど、考えることはできない。なぜなら、それができると言うのであれば、そのときわれわれは非論理的に思考しなければならなくなるからである。
3.031 かつてひとはこう言った。神はすべてを創造しうる。ただ論理法則に反することを除いては、と。――つまり、「非論理的」な世界について、それがどのようであるかなど、われわれには語りえないのである。

4.003 哲学的なことがらについて書かれてきた命題や問いのほとんどは、誤っているのではなく、ナンセンスなのである。それゆえ、この種の問いに答えを与えることなどおよそ不可能であり、われわれはただそれがナンセンスであると確かめることしかできない。哲学者たちの発するほとんどの問いと命題は、われわれが自分の言語の論理を理解していないことに基づいている。

4.12 哲学の目的は思考の論理的明晰化である。哲学は学説ではなく、活動である。哲学の仕事の本質は解明することにある。哲学の成果は「哲学的命題」ではない。諸命題の明確化である。思考は、そのままではいわば不透明でぼやけている。哲学はそれを明晰にし、限界をはっきりさせねばならない。

5.6 私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。
5.61 論理は世界を満たす。世界の限界は論理の限界である。

5.63 私は私の世界である。(ミクロコスモス。)
5.631 思考し表象する主体は存在しない。「私が見出した世界」という本を私が書くとすれば、そこでは私の身体についても報告が為され、また、どの部分が私の医師に従いどの部分が従わないか等が語られねばならないだろう。これはすなわち主体を孤立させる方法、というよりむしろある重要な意味において主体が存在しないことを示す方法である。つまり、この本の中で論じることのできない唯一のもの、それが主体なのである。
5.632 主体は世界に属さない。それは世界の限界である。

6.13 論理学は学説ではなく、世界の鏡像である。論理は超越論的である。

6.375 論理的必然性のみが存在するように、ただ論理的不可能性のみが存在する。
6.3751 たとえば二つの色が同時に視野の同じ場所を占めることは不可能であるが、それは実際、色の論理的構造によって排除されており、それゆえ論理的に不可能である。

6.52 たとえ可能な科学の問いがすべて答えられたとしても、生の問題は依然としてまったく手つかずのまま残されるだろう。これがわれわれの直感である。もちろん、そのときもはや問われるべき何も残されてはいない。そしてまさにそれが答えなのである。
6.521 生の問題の解決を、ひとは問題の消滅によって気づく。
6.522 だがもちろん言い表わしえぬものは存在する。それは示される。それは神秘である。
6.53 語りうること以外は何も語らぬこと。自然科学の命題以外は――それゆえ哲学とは関係のないこと以外は――何も語らぬこと。そして誰か形而上学的なことを語ろうとするひとがいれば、そのたびに、あなたはその命題のこれこれの記号にいかなる意味も与えていないと指摘する。これが、本来の正しい哲学の方法にほかならない。この方法はそのひとを満足させないだろう。――しかし、これこそが、唯一厳格に正しい方法なのである。


2.

 言語/論理と時間、言語/論理と知覚の関係を考えなければいけない。言語は常に時間の「依り代」であったはず。次々に音を発する、あるいは文字を連ねる行為として、言葉の単線性が時間の表象と時間の知覚に大きく関わっているのは確実だ。

 言語が混乱すると時間が混乱する。言語の経験としての時間。

2010年12月22日水曜日

社会理論(4)

1.クリストファー・アレグザンダー『パタン・ランゲージ』(1977年、鹿島出版会)

このランゲージの成分は、パタンと呼ばれる実体であり、一つ一つが独立した存在である。各パタンが、私たちの環境に繰り返し発生する問題を提起し、その問題にたいして、二度と同じ結果が生まれないよう、解答の要点だけを明示している。 [ⅳ頁]

パタンには序列がある。地域や町などの大パタンで始まり、近隣、建物群、個々の建物、部屋、アルコーブなどを経て、最後に施工細部の小パタンで終っている。[原文改行]この序列は、直列的なつながりで示されているが、これがないと、パタン・ランゲージはうまく機能しないのである。[…]このつながりで重要なのは、それがパタン相互の関連性にもとづいていることである。各パタンは、ランゲージの上位にある特定の「より大きな」パタン、および下位にある特定の「より小さな」パタンと結びついている。一つのパタンは、「上位」にある大きなパタンの完成を助け、また自らは、「下位」にある小さなパタンの助けを借りて完成するのである。 [ⅴ頁]

要するに、どのパタンも孤立した実体ではない。他のパタンの支持なくしては、個々のパタンはこの世に存在できないのである。上位のパタンにはめ込まれ、同位のパタンに囲まれ、下位のパタンを組み込んで存在するのである。[原文改行]これは、基本的な一つの世界像である。つまり、何かを造ろうとすれば、それだけを単独に扱わずに、その内外の世界も同時に修復せねばならぬということである。そうすれば、周囲の世界の一貫性と全体性が一段と強まり、造られた物が自然の網目のなかで、しだいに正しい位置を占めるようになるのである。 [ⅵ頁]

『The Timeless Way of Building』で述べたのは、生き生きとしてまとまりのある社会には、独自で固有の明確なパタン・ランゲージがあり、しかも社会のすべての個人が、部分的に共有するとしても、全体としては自分の気持に合わせた、独自のランゲージをもつであろうということである。この意味で、健全な社会には、たとえ共有され、類似していても、人間の数だけパタン・ランゲージが存在するであろう。[…]私たちが本書を出版するのは、人びとが社会全体に係わっていく過程で、本書を糸口にして、自分自身のパタン・ランゲージを自覚し、改良していくことを願うからである。[…]現在の環境言語はあまりに粗暴で、断片的にすぎ、もはや大部分の人びとは環境を語るランゲージを持ち合わせていないのである――しかも、現在のランゲージには人間や自然にたいする思いやりが欠落しているのである。[原文改行]私たちが、何年もかけてこのランゲージの体系化を試みたのは、利用者がランゲージの威力に心を動かされ、それを使う喜びを知り、生命のある環境言語を用いる意義が再認識されることを願うからである。この体系化が多少とも成功していれば、本書を糸口にして、人びとが自分自身のランゲージの構築や発展に再出発できるのである。 [ⅷ頁]

2.

 自分(たち)で言語をつくっていくということ。共同体と言語と時間。言語と時間の結びつきが重要。

2010年12月21日火曜日

生活(3)

1.

 古来コミュニティがもっていた機能が時代とともに外部化し社会化される傾向は不可避である。

 したがって現代においては「意識的なコミュニティ」の再構築と支援が必要になる。「コミュニティ」はもはや自明なものではなく、その都度の必要に応じてつくられ、またつくりなおされる。

 その人為性、構築性を支えるのは「個人」である。個人主義は20世紀までの哲学ではなく、21世紀以降の哲学なのだ。「意識的なコミュニティ」とそのネットワークを構築するのは一人一人の個人にほかならない。


2.広井良典『日本の社会保障』(岩波新書、1999年)

(21世紀に向けて)世界は「高齢化が高度に進み、人口や資源消費も均衡化するような、ある定常点に向かいつつあるし、またそうならなければ持続可能ではない」のである。[原文改行]私たちは、福祉国家の到達点としての高齢化社会というものの意味を、こうして環境問題も視野に収めながらグローバルなレベルで考えるべき時代にきているのである。 [178頁]

「前産業化社会」では、大家族をさらに包含する、いわば「凝集性」の高い強固な共同体が存在し、そのなかでの相互扶助が事実上“社会保障”としての機能を担っている。そして、次の「産業化社会」において、工業化・都市化の過程とともにブルーカラー、後にはホワイトカラーの労働者ないしサラリーマンが大量に発生するが、彼らは稼ぎ手である「夫」を中心とする核家族を形成する。社会保障制度(特に社会保険制度)は、[…]「共同体」から離脱していく層――「核家族」という新たな、しかし脆弱な“共同体”――を支援するシステムとして生成・展開した。この場合、「夫ないし男性が(核)家族の生計を支える」という姿が産業化社会の基本的なモデルであるから、社会保障制度の対象とする単位も「家族」ないし「世帯」が基本であり、妻や子は「被扶養者」という形で位置づけられるようになる。 [182頁]

一方、核家族ということはすなわち高齢者は別居しているということであるから、その「経済的扶養」が大きな問題となる。言い換えると、それまでは家族内(あるいは共同体内)で行われていた「老人の経済的扶養」が、ここに来て“外部化(・社会化)”されるに至るのであり、これに対応したのが「年金」という新しい社会的な制度であったわけである。ここでもまた、「共同体」のネットワークからはみ出ていく部分を支援する、というのが社会保障制度の機能となっている。 [182頁]

「成熟化(高齢化)社会」ではどうなるか。端的に言えば、さらなる「共同体/家族関係の外部化」が進むのがこの段階である。まず、女性の社会進出が進み、夫を中心とする家族という“共同体”の凝集性はさらに緩和していく。この結果、それまでは完全に家族内に収まっていた「子育て」が、外部化・社会化していくことになる。 [182−183頁]

他方、高齢者の平均余命が伸び、[…]「後期高齢者」の数が増加し、これに伴い高齢者介護問題が大きな課題として浮上する。それまではこうした問題はなお家族内で対応がなされていたが、高齢化の進展のなかでそれにも限界が生じ、これについても「外部化・社会化」が必要になってくる。つまり、老人の「経済的扶養」が年金制度によって社会化されたように、老人の「身体的扶養」もまた介護保障等の制度により、社会化されていくのである。 [183頁]

一方、産業化社会においては、核家族と並んで「企業(カイシャ)」もまたひとつの“共同体”として機能しており、様々な事業主負担に見られるように、社会保障制度における、「世帯」と並ぶ基本的な単位となっていった。しかしこうした企業も、成熟化社会においては、雇用の流動化や専門職化のなかで“共同体”としての凝集力を弱めていく。こうしてここでもまた「個人」が独立した存在として析出されていく(雇用の企業内保障から市場内保障へ)。 [183頁]

社会保障という制度は、経済の進化に伴って、(自然発生的な)共同体――家族を含む――が次々と解体、「外部化」していくことに対応して、それを新たなかたちで「社会化」していくシステムである。[…]社会保障とは、「自然発生的な共同体(コミュニティ)」の解体に対して、それに代わるいわば「意識的な共同体(コミュニティ)」を再構築ないし支援しようとする制度である、とでも言えるのではないだろうか。ただし、この後者の場合の「共同体(コミュニティ)」とは、もともとの「共同体(コミュニティ)」とは異なって、あくまで「個人」をベースとするネットワーキング、とでも言うような性格のものである。 [184頁]

「成熟化社会」における社会保障制度とはどのようなものであるべきか。[…]第一に、「市場」をベースとしつつ、それを補完/修正する制度として、第二に、「個人」を基本的な単位としつつ、個人と個人の自覚的なネットワーキングを支援する制度として構築されるべきであろう。これは今後の社会保障の設計にあたってのもっとも基本的な理念となるものである。 [186頁]

これから迎える新しい時代の特徴は何か。それは、[…]一言で言えば「定常型社会」というコンセプトで表される社会であろうと思われる。これは、一方において「高齢化社会」ということと関わり、他方では「環境問題」と深く結びついている。つまり、それは出生率が低下し高齢化が進んで人口がフラットの状態になった社会であり、また、環境や資源の有限性ということからも、定常化することが自ずと「要請」される社会でもある。[原文改行]こうした社会においては、もはや「成長」や「拡大」というコンセプトは人々にとっての指導理念や目標となりえない。[…]いまの日本においてもっとも重要なのは、現在世の中を賑わしているような「いかにして(これまでのような)〇〇%の成長を維持するか」という問いの立て方ではなくて、「いかにすれば定常型社会にソフト・ランディングしていくことができるのか」という問いではなかろうか。これには、制度や経済システムのみならず、より本質的には、「成長」や「効率」、「老い」や「時間」といった基本的な理念についての根底的な価値観の変更が必要になってくるだろう。 [209頁]

2010年12月20日月曜日

メモ(3)



 「軽くなりたい」という欲望が高まっているのではなかろうか。

 「仕分け」による無駄の削減、「断捨離」ブーム、新型MacBook Air、ネットワークの無線化、クラウド化。肥大した政府を軽くする、モノを捨て身辺を軽くする、機能を絞り込んで軽くする、ケーブルの軛から解放する、仕事をネットワーク上に保存して鞄まで軽くする。

 現在求められている「軽さ」は、「薄さ」あるいは「浅さ」ではない。むしろ「速さ」であり「柔軟さ」である。フットワークの軽さ、反応の速さ、対応の柔軟さ。駆けつける速さ、逃げ出す速さ。

 種類と量を十分に備え、蓄積を続けたのが20世紀だった。しかし流動性の高い21世紀において、蓄積は「重さ」としてとらえなおされてしまう。巨大な官僚機構は時代の変化に対応できない。多くのモノを貯めこんだところで豊かにも幸せにもなれない。

 いま求められているのは、必要十分な数と種類を、できるだけ良い質で備えておくことだ。無限の高度成長を信じる者はもはやいない。政治、経済、外交、社会情勢、人間関係、すべてが流動化し、リスクが高まる一方で、社会は低成長化し、人口増加率は下がり、高齢化が進み、環境問題が深刻化し、時代は「その国なり」の「定常型社会」へとソフト・ランディングするしかない状況だ。モノを貯めこんだ機体にソフト・ランディングはできない。この先時代がどうなるかわからないとき、ひとはできるだけ身軽になり、どんな事態にも対応できるよう、必要ならすぐにでもこの場所を逃げ出し、別のより安全で快適な地に移れるよう、準備し、身構えるのではなかろうか。それはほとんど本能的な反応なのだ。

 「軽さ」は安心感である。築いたものが大きいことより、失うものが少ない方が安心感をもてる時代なのだ。

 したがってWikiLeaksに対するアメリカの反応、および合衆国政府が役人に対して求めている態度は時代に逆行している。「重さ」の維持はリスクの存続を意味するにすぎない。むしろ「機密」と総称される塊を腑分けして、放り出せるものを放り出し、守るべきものを選別してスリム化を図ることが必要である。

 WikiLeaksが情報を公開したことにより、わたしたちは大量の文書や映像を手にした。しかしわたしたちはそれを「重さ」として受け取っただろうか? 多くの情報に巻き込まれることが「重さ」を意味するのではない。むしろ「政府が何を隠しているかわからない」という疑心、そこにどれだけのリスクが潜んでいるかわからないという不安こそ「重さ」である。処理しきれないほどの情報が与えられても、わたしたちはそれによって「軽さ」を享受するのである。ツイッターで私生活を語るひとに「軽さ」を感じるのも同じことだ。むしろ「どんなひとかわからない」ことが「重さ」なのだ。

 軽量化はさらに進むだろう。軽く、速く、柔軟に、すぐに、安く、どこへでも行けることを欲望する者はさらに増える。しかし気をつけよう。起業したり家族をもつことが「重さ」なのではない。国家が常に「重さ」ではないし、モノを捨てることが常に「軽さ」ではない。自分(たち)の望む「軽さ」をデザインすることが重要なのだ。したがって「軽さ」は個別具体的で相対的な概念である。

2010年12月19日日曜日

翻訳(3)

ハインリヒ・フォン・クライスト「人形劇について」(3)

 「P嬢を見てごらんなさい」と彼は続けた、「ダフネを演じる彼女がアポロに追われ、アポロの方を振り向くとき、魂が腰椎にきている。折れそうなほど体をねじって、ベルニーニ派の泉の精の彫刻のようです。若いF氏を見てごらんなさい。パリスを演じる彼が3人の女神のあいだに立ち、ヴィーナスに林檎を手渡すとき、魂はあろうことか(見るも恐ろしいことに)肘にきています。」

 「こうした失敗は」と彼は間を置いてからつけ加えた、「わたしたちが認識の木の実を食べて以来、避けられません。しかし楽園には閂がかかり、天使はわたしたちの背後にいます。わたしたちは世界をひとめぐりする旅をしなければなりません。そしてひょっとしたらどこか後ろがまた開いてないか、見てみなければならないのです。」

 わたしは笑ってしまった。――たしかに、とわたしは思った、精神はそれが存在しないところでは誤ることもありえない。しかし彼の心には言いたいことがさらにあるようだったので、わたしは先を続けるよう頼んだ。

 「それに加えて」と彼は言った、「人形には、反重力的という長所があります。あらゆる性質のうち最も舞踊に近しい性質、すなわち物質の慣性について、人形は何も知りません。なぜなら、人形を空中に上げる力は、人形を大地に縛りつける力よりも大きいからです。あのひとのよいG嬢、彼女は体重が60ポンド軽くなるなら、あるいは飛躍や急旋回の際にその重さに相当する助けを得られるなら、どんな犠牲も厭わないでしょう。人形たちが大地を必要とするのは、妖精のように、ただそこに触れ、一瞬静止して手足にあらたな弾みをつけるためにすぎません。わたしたちが大地を必要とするのは、その上に安らうためです。舞踊の疲労を癒すためです。それは明らかに舞踊でない瞬間、それをできるだけ消そうとする以外にどうしようもない瞬間です。」

 わたしは言った、「あなたの主張する複数のパラドックスの問題を、あなたはとても巧みに扱われていますが、しかしわたしは依然として、機械仕掛けの人形のなかに人間の身体構造よりも多くの優美さが含まれているとは信じられません。」

 彼は答えた、「優美ということに関して、人間は人形に追いつくことさえできません。この領域では、神のような者だけが物質と比肩しうるのです。そしてここがまさに、円環状をなす世界の両端が互いに手を伸ばしあう点なのです。」

 わたしはますます驚いて、こうした奇妙な主張に対して何と言えばよいのかわからなかった。

 「どうやら」と彼はひとつまみの煙草をとりながら言った、「あなたはモーゼの第一書第三章を注意深く読んでないらしい。あらゆる人間形成の最初の時期を知らない人とは、そのあとに続く時期についても、まして最後の時期についても、適切な会話はできません。」

 わたしは言った、「意識というものが人間の自然な優雅さにいかなる不秩序を引き起こすか、わたしも知っています。わたしの知人のある青年は、たった一言がきっかけで、いわばわたしの目の前で無垢を失い、その後は考えうる限りの努力をしても、二度とふたたびその楽園を見つけ出せませんでした。――ただ」とわたしは付け加えて言った、「そこからどのような結論が引き出せるのでしょうか?」

 彼はわたしに尋ねた、「あなたがおっしゃるのはどのような出来事だったのですか?」

 「わたしは水浴びをしていました」とわたしは語った、「三年ほど前、ある青年と一緒に。当時、彼の外見にはすばらしい優美が拡がっていました。16歳くらいだったでしょう、女性たちの好意を受け、虚栄心の最初の痕跡が遠くからでも認められました。たまたま、わたしたちはちょうどその直前、パリで例の足の刺を抜く少年像を見ていました。この像の複製は有名で、ほとんどのドイツの美術館にあります。青年は、片足を椅子の上にのせて乾かそうとした瞬間、大きな鏡に視線を投げると、その少年像のことを思い出したのです。彼は微笑み、自分の発見をわたしに教えました。実際、わたしもまさにその瞬間、まったく同じことを思い出していました。しかし、彼に備わる優雅さの確実性を試すためだったのか、彼の虚栄心を少し癒すつもりだったのか、わたしは笑ってこう応えました、きみは幽霊を見たのだろう! 彼は顔を赤らめ、もう一度足を上げてわたしに見せました。容易に予見できたはずですが、その試みはうまくいきません。彼は困惑したまま三度、四度と足を上げ、おそらくさらに十回は足を上げたでしょう。無駄でした! 彼には同じ動きを生み出すことができなかったのです。――それどころではありません、彼の動きには滑稽なところがあって、わたしは笑いを抑えるのに苦労したほどです。」

 「この日、あるいはいわばこの瞬間を境に、理解不能な変化がこの若者に生じました。彼は終日鏡の前に立つようになりましたが、魅力は一つまた一つと彼を去ったのです。不可視の、理解不能な暴力が、まるで鋼鉄の網のように、彼の身振りの自由な戯れを取り囲んでしまったかのようでした。一年が過ぎると、それまで周囲の目を楽しませていた愛らしさの痕跡は、もはや見つかりませんでした。この奇妙で不幸な出来事の証人となる目撃者は健在ですから、わたしが語ったとおり、一語一語追認してくれるでしょう。」――

「この機会に」とC氏は親しげに言った、「わたしはあなたに一つ別の話を語らなければなりません。この場にふさわしい話ですから、あなたには理解しやすいことでしょう。」


<メモ>

・「円環状をなす世界の両端が互いに手を伸ばしあう点」について、DKV版の注は以下のとおり。「Sydna Stern Weissが明らかにしたように、クライストはここで非ユークリッド幾何学のテーゼを参照している。クライストの時代、A. G. Kaestner (Vgl. Anm. 535,21)やGeorg Kruegel、クライストが個人的に知っていたKarl Friedrich Hindenburgによって主張されていた説である。この考えによれば、否定的に無限なもの(ここでは意識の不在)と肯定的に無限なもの(完全なる意識)は互いに無限に分かれていくのではなく、ある<観念的な点>において(in einem )合流する。」

2010年12月18日土曜日

クライスト(3)

ノーベル平和賞、WikiLeaks、クライスト

 カール・シュミットは『政治的なものの概念』において、「政治的なもの」とはなにか固定的な分野ではないことを指摘した。「政治的なもの」とは、それによって「友」と「敵」が分かれてしまうことになる何かであり、それは時代や地域や文化によって変遷する。宗教が政治的な時代もあれば経済が政治的な時代もある。

 2010年において、ノーベル平和賞とWikiLeaksの問題は、シュミットの意味ですぐれて政治的な出来事だった。とりわけ重要だったのは、政治的な出来事が二つ生じた、しかもほとんど続けざまに生じた、ということである。「民主主義の友と敵」の布置が決して静的なものではなく、ある出来事においては民主主義の友に見えたプレイヤーが別の出来事においては敵としてあらわれてくる事態を、わたしたちは目にした。ノーベル平和賞問題だけなら「中国は民主主義の敵でありアメリカは民主主義の友である」という外見が保たれただろう。しかしWikiLeaksの一連の事件のなかで、アメリカは単純な民主主義の友ではないことを明らかにした。国家の駆動原理は民主主義ではないことが明確になった。

 それでは国家の原理とは何か。国家は自己保存のために駆動するシステムであると捉えておこう。国家の目的、あるいは国家にとっての善悪は原理的に存在しない。自己保存に有利な行動を選好し、不利な出来事を忌避するだけである。つまり秩序の維持が問題なのだ。

 ノーベル平和賞とWikiLeaks問題の共通点はなにか。それは「文書」と「裁判」が問題になっていることだ。劉暁波の「零八憲章」とWikiLeaksの外交公電という「文書」。そして2010年2月に国家政権転覆扇動罪による懲役11年および政治的権利剥奪2年の判決が下され投獄中の劉暁波と、スパイ活動防止法違反や国家反逆罪を適用され立件されるおそれがあるというジュリアン・アサンジ、ふたりの「裁判」。なぜ「文書」と「裁判」が問題になるのだろう? 「文書」と「裁判」は国家にとっていかなる意味をもつのか?

 ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811)の全作品は、まさに「文書」と「裁判」をめぐる仮想のケース・スタディ集である。

 クライストが「文書」にこだわったのは、「文書」こそ戦争であり、秩序であり、政治的なものだからである。戦争の勝利とは何か。戦争はどのように終わるか。相手を一人残らず殺したときではない。相手を全滅させればもはや勝利も敗北も存在しない。なぜなら勝利や敗北を認めさせる相手がいないからである。戦争が終わるのは終戦条約のような「文書」による。公的な形では条約、法律、命令、私的な形では契約や遺言(ところでクライストは恋愛もひとつの戦争ととらえる。恋愛=戦争は婚姻届という契約「文書」に結実する)があらゆる争いを終結させ、それが統治の秩序となる。近代国家の秩序とは、憲法を頂点とし法律や条例や規則で構成された「文書」の体系そのものである。どのような「文書」をつくることができるか、どの「文書」を有効なものとしどれを無効にするか。それがそのまま戦争であり、秩序の構築であり、統治なのだ。したがって自己保存のために駆動する国家にとって、「文書」の管理は絶対的な重要性をもつ。国際社会における評価よりも国内の「文書」の管理にこだわるのは、自己保存のために当然の行動なのである。

 一方で「裁判」は、国家が国内において合法的な暴力を行使するための手続きである。近代国家は私的な暴力(決闘、私仇、報復行為など)を禁じ、裁判を経た刑罰というかたちで合法的に暴力を行使できる唯一の主体となった。しかしそれは本当に公正な手続(適正手続)を経た暴力の行使なのだろうか? 法的なものと政治的なものは交わらないのか? 特捜検察問題等を通じて日本でも明らかになっていることだが、法的なものが客観的で公正で適正で非政治的だということは、絶対にない。クライストが「裁判」を扱ったのは、「裁判」こそ法の支配と人の支配、法的なものと政治的なもの、規則と例外が交差し衝突する場所であり、法と政治がどのような関係に立つべきか、いかなるバランスを見出すべきかという問いが提起される場所だからである。WikiLeaks問題が明らかにしつつあるのは、中国のような国家だけが「法の支配」の例外をつくるイデオロギー国家なのではないということだ。国家というものは、程度の差はあれ、「裁判」を政治的に利用するのである。

 「文書」も「裁判」も、基本的には国家の権限に属している。では国家が暴走したとき、それを止めることは不可能なのか? そのときクライストが提示するのは「民衆」である。しかしこの「民衆」はいわゆる良識的な理性的教養人の集団などではない。ほとんど暴徒のように荒れ狂い、「文書」と「裁判」をめぐる国家の専制に数と力で抗議する存在である。クライストは現代のコロスを理想的市民とも客観的判断者とも描かない。それは国家のチェック機関である。だが全能で中立的なチェック機関ではなく、既存の秩序を揺るがし、破滅を引き起こす可能性さえもち、しかしだからこそ国家に対してバランスを取り戻させる力をもつような、評価し難く、両義的で、流体のように定まらない存在、それがクライストの「民衆」である。なんらかの理念にもとづいて行動するのではなく、衝動的に、無意識に、あるいはまったくの偏見に突き動かされて自己組織化される「民衆」。だがそれが国家のチェック機関として機能するという事態。WikiLeaks問題は、展開次第では現実的な危害を生み、それによってWikiLeaks支持者が事後的に弾劾されることもあるかもしれない。しかし歴史を見通した理性的教養人だけに言動が許されるのではない。ネット上で好き勝手につぶやき、署名し、ものを書く、流動的な存在としての「民衆」が、「文書」と「裁判」をめぐる国家の専制に対して、意識的にだけでなく無意識的にも、チェック機関として機能し始めているのではなかろうか。

 クライストははじめ軍人としての道を歩み、その後作家、官僚として働くとともに、自ら雑誌や新聞を発行するジャーナリストでもあった。プロイセンの政策を批判した彼の「ベルリン夕刊新聞」は、検閲によって事実上発行不可能な事態に追いやられ、その年に彼は自殺した。クライストが構想した国家のチェック機関としての「民衆」は、したがって決して虚構の中だけの話ではなかった。彼は現実的にそれを必要としたのである。クライストならWikiLeaksを擁護するだろう。インターネット上の無数の「声」を擁護するだろう。


(絵:蓮沼昌宏)

2010年12月17日金曜日

時間科学(3)

1.アイザック・ニュートン『自然哲学の数学的諸原理』(1687年、『世界の名著26』中央公論社)

時間、空間、位置、運動については、[…]人々はそれらの量を、感覚でとらえられる対象についての関係から以外では考えていないということです。そしてそこから若干の偏見が生じ、その偏見をとり去るためには、それらの量を、絶対的なものと相対的なものに、真のものと見かけ上のものに、数学的なものと日常的なものに、区別するのが適当でしょう。 [64−65頁]

Ⅰ 絶対的な、真の、数学的な時間は、それ自身で、そのものの本性から、外界のなにものとも関係なく、均一に流れ、別名を持続(ドゥラチオ)ともいいます。相対的な、見かけ上の、日常的な時間は、持続の、運動によるある感覚的で外的な測度で、人々が真の時間のかわりに使っているものです。一時間とか、一日とか、ひと月とか、一年とかいうようなものです。 [65頁]

Ⅱ 絶対的な空間は、その本性として、どのような外的事物とも関係なく、常に同じ形状を保ち、不動不変のままのものです。相対的な空間は、この絶対空間の測度、すなわち絶対空間のどのようにでも動かしうる広がりで、われわれの感覚によってそれの物体に対する位置より決定されるものであり、人々によって不動の空間のかわりにとられているところです。 [65頁]

運動している場所から動かされる物体は、それの場所の運動にもあずかるわけです。それゆえ、運動している場所からのあらゆる運動は、全体的かつ絶対的な運動の部分にすぎません。そして全体的な運動はすべて、物体のそれが最初あった場所からの運動、場所のある場所から別の場所への運動、等々からなり、最後には、前に述べた水夫の例におけるように、何か不動の場所に達します。そういうわけで、全体的かつ絶対的な運動は、不動の場所による以外には決定されえません。それゆえわたくしは先に、絶対運動を不動の場所に関連させ、相対運動は動きうる場所に関係させたのでした。 [68−69頁]

湯川 […]ニュートンの知られざる面で、さきほど話された『旧約聖書』の年代記の研究はどうですか。
河辺 一説としては、人間の社会のことも自然と同じように知られるだろうというので、彼自身の手法をこの分野にも適用したといわれるんですけれども、ぼくの考えとしては、聖書の研究はむしろニュートン自身のユニタリアンとしての立場を保証するための研究ではなかったのではないかと思います。[…]
湯川 ユニタリアン派は三位一体を認めないというわけですか。
河辺 そうです。ユニタリアン的傾向というのは当時の英国インテリゲンチアに共通のものだったといいますけれども…。
湯川 絶対唯一の神さんがあって、絶対的な法律をつくり、そして最初にパッとこの世をつくったという考え方とユニタリアンとはよく合いそうですね。 [付録11−12頁]


2.ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ「事物の根本的起源」(1697年、中公クラシックス)

世界の理由は、世界を超えたあるもののうちにひそんでいる。すなわち諸状態の連鎖や事物の集まりから出来ている世界の系列とは異なった、あるもののうちにひそんでいる。こうして世界の事物のうち、後のものを先のもので決定する自然学的ないし仮定的な必然性から、絶対的ないし形而上学的に必然的なあるもの、その理由を示すことはもはやできないようなあるものにいたらなければならない。[…]したがって、「ものの多様」つまり世界とは異なる何かがあるにちがいない。 [205頁]

可能なものの無限の結合、および可能的系列のうち、もっとも多くの本質ないし可能性が実在にもたらされるような、結合や系列が実在する。 [206頁]


3.ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ『モナドロジー』(1714年、中公クラシックス)

単一な実体において、(瞬間ごとに)多をはらみ、多を表現している状態、その流れがいわゆる表象である。 [6頁]

ものの最後の理由は、かならず一つの必然的実体のなかにある。それは泉に似ていて、さまざまな変化の細部を、もっぱら優越的にふくんでいる。その実体を、わたしは神と呼ぶのである。 [15頁]

すでにわたしは、動物がけっして自然的には生じないなら、自然的に滅びることもない、また、完全な発生がないだけでなく、完全な消滅も、厳密な意味での死もないと考えたはずである。 [30頁]


4.村上陽一郎『時間の科学』(岩波書店、1986年)

リン・ホワイトという人の言い分によると、モーツァルトは、いつでもそうだとは限らないが、ある場合には最初の音から最後の音まで、書く前に全部頭の中でパッと一挙にわかってしまう。しかし、それでは人に言ってもわからないし、演奏もできない。だから仕方なくそれを時間の順序の中に(つまり五線譜に)次々と音符として並べていって、結局しかるべき曲が生まれるということだったのではないか。最初の音から最後の音まで一つかみにパッとつかんでしまっていたのだ。つまり、人間の能力を少し超えている。それが天使だということになる。[原文改行]中世にはそういう天使的な時間というのがあるといわれて、それをエヴム(aevum)――日本語では「永代」と訳しているらしい――と呼ぶ。それは単なる時間でもなく、また永遠でもない。人間の時間でもなく、神の永遠でもない。ホワイトはだからモーツァルトを「エヴムの中の作曲家」と呼んだのである。 [33頁]


5.

 あらためて確認しておくべきことは、西洋の時間理論がキリスト教と深く結びついていることである。ニュートンやライプニッツの時間理論は、彼らの信仰、彼らの神の理解を抜きにしては考えられない。カール・シュミットは政治理論が同時代の宗教と不可分であると考えて『政治神学』を書いたが、彼に倣って「時間神学」の考察が不可欠なのだろう。

 上記の引用でもっとも興味深いのは、村上『時間の科学』で紹介されていた「エヴム」の理論だ。天使の時間。無時間的な時間の経験。これは程度の差はあれ、芸術の経験に本質的に幾分か結びついたものではなかろうか。

2010年12月16日木曜日

時間哲学(3)

1.アンリ・ベルクソン『記憶と生』(1896−1934年、未知谷)

しかし、そうした不断の変化には注意を払わず、それが身体に新しい態度を、注意力に新たな方向を刻印するほど大きなものとなった時、初めてそれに気づくのが便利というものである。まさにこの時、人は自分の状態が変わったと感じる。ほんとうは、人は絶え間なく変わっているのであり、状態それ自体がすでに変化なのである。 [13−14頁]

物質は必然であり、意識は自由である。だが、それらが双方で対立し合っても、生命は二つが折れ合う手段を見つけ出す。生命が必然のなかに挿入された自由であり、必然を自由の利益へと折れ曲がらせる自由であるのは、まさにそのためである。物質の従う決定性が、その厳しさを緩めることがないとしたら、そうした自由は不可能になるだろう。だが、ある瞬間に、ある地点で、物質が一定の弾力性を示すと仮定してみよう。そこにこそ、意識は自分の席を占めるだろう。意識は、ごく小さくなってそこに席を占める。いったん席を貰えば、次には自分を膨張させ、分け前を増やし、ついには何もかもを手に入れる。なぜなら、意識は時間を利用するからであり、ほんのわずかな未決定も、際限なく加算されれば、望むだけの自由をもたらすからである。 [225頁]

生命にとって重要なことは、物質がゆっくりとした困難な作業を通して動力エネルギーを蓄え、それが一気に運動エネルギーとなるようにすることである。ところで、自由原因と呼ばれるものが、これよりほかの振る舞い方をするだろうか。自由原因は、物質が従う必然性を砕くことはできないが、それを屈曲させることならできる。また、自由原因は、それが物質に及ぼすごくわずかな影響を使って、物質からますます強力な運動をますますよい方向に引き出そうとする。自由原因は、まさにこのようにして振る舞う。それの努めは、発火装置を働かせ、火花を持ち込むこと、物質が必要な時間すべてをかけて蓄えたエネルギーを一瞬の内に利用すること、だけでよい。 [226頁]

周囲の物質に対する彼らの行動の独立は、物質が流れるリズムから、彼らが自分を引き離すほど、いよいよ確固とする。したがって、記憶で二重化された私たちの知覚に現れてくる感覚的なさまざまな質とは、実在するものの固形化によって得られる継起的な諸瞬間のことにほかならない。しかし、これらの瞬間を区別し、また、私たちと事物との存在に共通な一本の糸でこれらの全体を結び合わせるには、継起一般についての抽象的な図式を想定するほかなくなる。あるいは、等質的で何ものでもない環境を想定するほかなくなる。この環境は、物質の流れが長さの方向として持つものを、空間が広さの方向として持ったものに等しい。ここにこそ、等質的時間の根拠がある。したがって、等質的空間と等質的時間とは、事物の特性でもなければ、私たちが事物を認識する能力の本質的条件でもない。それら二つは、抽象的な形式で、固形化と分割という二重の仕事を表現している。この仕事は、私たちが実在の動く連続を相手に行なうものであるが、それは実在のなかに視点を確保すること、その操作の中心に自分を置くこと、そして最後には、ほんとうの変化を導き入れることを目的としている。等質的な時間も空間も、物質に対する私たちの行動の図式なのである。


2.

 ベルクソンが試みていることは、ニュートンとカントとアインシュタインを綜合するような時間の理論だ。彼は時間を、客観的か主観的かのどちらかとしてとらえない。その双方が必然となる視点をつくったのである。すなわち、わたしたちは等質的な日常(客観的な時間)を生きているからこそ、変化(相対的・主観的な時間)を経験できる。等質的な時空間を日常的な行動図式としてもつからこそ、そのリズムから逃れることもできるのだ。それが「ほんとうの変化を導き入れること」である。

2010年12月15日水曜日

社会理論(3)

1.ロバート・ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』(1974年、木鐸社)

人はなぜ、より大きな社会的善のために人々を侵害することが許されないのか。個人としてはわれわれは各々時によって、より大きな利益のためまたはより大きな害を避けるため、痛みや犠牲をあえて受けることがある。[…]なぜ同じように、社会全体の善のために、ある人々が他の人々により多くの利益を与えるような何らかのコストを負担すべきだ、と主張しないのか。しかし、自身の善のためにある犠牲を忍ぶというような、善を伴う社会的実体などというものは存在しない。存在するのは個々の人々、彼ら自身の個々の生命をもった、各々異なった個々の人々のみである。これらの人々のうちの一人を他の人々の利益のために利用するということは、彼を利用することと、そして他に利益を与えることとである。何もそれ以上はない。起ることは、他人のために彼に何かが行われるということである。社会全体の善を論じることは、このことを隠蔽する。(意図的に?)一個人をこのように使うことは、彼が別の人格であり、彼の命が彼のもっている唯一の命であるという事実を、十分に尊重し考慮に入れているとはいえない。彼の犠牲によって、彼が何かそれ以上の善を得るわけではないし、誰もこれを彼に強制する資格をもつわけではない。特に国家や政府は、彼の忠誠を要求し(国家以外の個人はこれを要求しない)、それゆえその個々の市民の間では注意深く中立性を保たねばならぬのだから、とりわけこのような資格をもたないのである。 [51−52頁]

社会には、利益がコストよりも大きいかどうかを判定する方法がなければならない。次に社会は、コストの分配をどうするかを決めなければならない。 [124頁]

我々は、自然状態から誰の権利を害することもなしに国家がいかにして成立するのかを説明するという、我々の課題を果した。個人主義的無政府主義者による最小国家に対する道徳上の異議は克服される。これは不正なやり方で独占を押しつけたのではない。見えざる手過程を通して道徳的に許容しうる方法により、誰の権利をも侵すことなくまた他の者の有しない特別の権利を何ら僭称することもなしに、事実上の独占が生成するのである。 [180−181頁]

導くべき結論は、ユートピアにおいては、一種類の社会が存在し一種類の生が営まれることはないだろう、というものである。ユートピアは、複数のユートピアから、つまり、人々が異なる制度の下で異なる生を送る多数の異なった多様なコミュニティーからなっているだろう。一部の種類のコミュニティーは、ほとんどの人々にとって、他の種類のものよりも魅力的だろう。コミュニティーには盛衰があるだろう。人々はあるものから別のものへと移ったり、一つの中で一生を送ったりするだろう。ユートピアは、複数のユートピアのための枠であって、そこで人々は自由に随意的に結合して理想的コミュニティーの中で自分自身の善き生のヴィジョンを追求しそれを実現しようとするが、そこでは誰も自分のユートピアのヴィジョンを他人に押し付けることはできない、そういう場所なのである。 [505−506頁]

何らかの中央当局(または保護協会)が果たす役割(がもしあるとすれば)に関する諸問題があるだろう。この当局はどのようにして選ばれるのか、また、当局が行うと期待されていることをそしてそれだけを行う、ということをどのようにして確保するのか。私の考えでは、主要な役割は枠の機能を実行すること、たとえば、一部のコミュニティーが他のコミュニティーやその個人や資産を侵略したり征服したりするのを防止すること、であろう。さらにそれは、平和的手段で解決することのできないコミュニティー間の紛争を、何らかの理に適うやり方で裁定するだろう。そのような中央当局の最善の形態は何か、をここで検討したいとは私は思わない。それは、恒久的に固定されてはおらず細部の改善の余地が残されている、のが望ましいように思われる。 [533−534頁]

枠が設立されてから10分間でユートピアになる、などと誰が信じられるだろうか。今と何も変わらないだろう。雄弁に語るに価するのは、長い時間を経る内に多数の人々の個々の選択の中から自生的に成長してくるものについてである。(この過程のどこかの段階が、我々のすべての願望の目標となる結果状態なのではない。ユートピアの過程が、他の静的ユートピア論のユートピア的結果状態に代わるのである。)多数のコミュニティーが多数の性格を実現するだろう。この枠がたとえば150年機能した後の様々なコミュニティーのもつ性格について、その範囲と限界を予言しようと試みるのは、愚か者か預言者だけである。 [537−538頁]


2.

 静的状態ではなく、過程としてのユートピア。そのなかではあらゆる「コミュニティー」が可能で、どの「コミュニティー」で生きるかは自由な選択に委ねられている。その枠組みとしてのユートピア。流動性としてのユートピア。どこへでも行ける「条件」としてのユートピア。

 その流動性を確保し、条件を維持するために、「コミュニティー」の相互調整をする国家(「中央当局」)は「最小国家」であることが求められる。本書を読むと、アメリカにおいてなぜ州レベルでは死刑や同性婚が認められるにもかかわらず国家レベルでは国民皆保険制度でさえ強烈な反発にあうのかよくわかる。州=コミュニティーはいくらでも移動できるため、気に入らない政策が実施されるなら引っ越せばよい。しかし国家はそうはいかないのだ。流動性が担保されないところでは、権利の制限は最小限でなければならないと考えられているのである。論理はよく理解できる。

 それにしても、自生的なコミュニティの生成と秩序の形成の「プロセス」自体をユートピアととらえる一方で、そのなかでの「中央当局」の役割を考察した本書は、今後ネット社会に応用してさらに発展させることができるだろう。

2010年12月14日火曜日

生活(2)

1.三木義一『日本の税金』(岩波新書、2003年)

税を貫く大原則は租税法律主義(憲法84条)であり、法律に定めなければ税を徴収されることはなく、その法律は憲法に拘束されているのである。[…]憲法が定めている人権規定の多くは税制にも大きな関係を有している。税制が憲法の要求する人権の実現を妨げていないか、もっときちんと議論すべきだ。 [198−199頁]

日本の場合、納税者自身による税の監視活動はあまり活発でなかったといってよい。その背景には、納税者の大多数を占めるサラリーマンが、源泉徴収と給与所得控除のために税に対して無自覚にされていることがあったように思われる。 [207頁]

何のために誰から税金を取り、何のために使うのかを確認しよう。そのことによって、私たちの自由と権利は大きな影響を受けるからである。[…]税制は一見技術的かつ難解で、市民が発言しにくいように思われがちだが、税制によって影響を受けるのは私たちの生活である。 [208頁]


2.萱野稔人『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社、2006年)

ロックの考えでいくと、国家より所有が先にあることになる。そして所有者である諸個人が互いに申し合わせ、みずからの所有物のいくらかを出し合うことで、個々人をこえた力をもった国家が設立されるということになる。みんなで富を出し合う、つまり租税を支払うことが、国家をなりたたせる力の優位性をうみだすという図式だ。[原文改行]しかしすでに見たように、国家は、税を支払うことになる人びとがたがいに同意して設立したものではない。物理的力の優位性のもとにあるエージェントが他の人びとから強制的に富を徴収するところに、税の根拠はある。[原文改行]税が力の格差をうみだすのではなく、反対に、力の格差がまずうまれてそれが税を可能にするのだ。[原文改行]占有と所有の違いがここでも重要になってくる。 [160頁]

ドゥルーズ=ガタリは言っていた。国家をうみだす暴力の特徴は「捕獲する権利を制定しながら捕獲する」というところにある、と。暴力ならなんだっていいわけではない。収奪する「権利」をみずからに制定することのできる暴力だけが国家をなりたたせるのだ。[原文改行]所有についても同じことがいえる。所有をもたらすことができるのは、収奪することで権利関係を発生させるような暴力なのである。 [163頁]

注目したいのは、国家が貨幣形態における税をつくりだしたといわれていることだ。ふつう貨幣は、交換や商業の要求からうまれてきたと考えられている。しかしドゥルーズ=ガタリによればそうではなく、貨幣は税からうまれてきた。「しかし貨幣形態が生まれるのは、交易からではなく、税からなのである」。[原文改行]つまり、貨幣は本来、交換よりも、富を吸いあげることのほうに密接に結びついているのだ。[…]これはとても重要な指摘である。[原文改行]というのも、一般に貨幣はモノの交換の結果としてうまれてきたと考えられており、それが、資本主義が国家とは別の起源をもつとされることの根拠となっているからだ。ここから、資本主義と国家は相容れないものであり、資本主義の発達は国家の消滅(または衰退)をもたらすだろうという発想がうまれてきたりもした。[…]現代でも、富を税として吸いあげるために国家によってカネが発行される、というあり方は消えていない。そうした、富を吸いあげるというカネのあり方を、国家による暴力の実践から切りはなして引き継ぐのが資本主義である。実際、カネによって労働を組織しその成果を吸いあげるという資本主義の活動は、国家がカネを発行しその一部を税として回収するという運動に依拠することでなりたっている。 [179−180頁]


3.カール・シュミット『大地のノモス』(1950年、慈学社)

ノモスは、ネメイン[nemein]から、すなわち「分配すること」[Teilen]および「牧養すること」[Weiden]を意味する言葉から由来する。したがってノモスは、そこにおいて民族の政治的および社会的な秩序が空間的に明白になる直接的な形態であり、また牧養地の最初の測定と分配である。すなわち陸地取得であり、また、陸地取得に存しそこから生ずる具体的な秩序である。カントの言葉によれば「土地における私のものとお前のものとを分配する法律」であり、あるいは他のよく特色を示す英語によれば、権原[radical title]である。ノモスは、大地の地所を一定の秩序において区分し場所確定する尺度であり、それと共に与えられた政治的社会的宗教的秩序の形態である。 [55−56頁]

法と秩序とは、陸地取得のかかる起源において、同一のものであり、そして、この点において、すなわち場所確定と秩序とが同時に起こっているその発端において、互いに分離できないのである。 [71頁]


4.トーマス・ホッブズ『リヴァイアサン』(1651年、岩波文庫)

正と不正という名辞が場所をもつためには、そのまえに、ある強制権力が存在して、人びとがかれらの信約の破棄によって期待するよりもおおきな、なんらかの処罰の恐怖によって、かれらが自分たちの信約を履行するように、平等に強制しなければならず、かれらが放棄する普遍的権利のつぐないとして、人びとが相互契約によって獲得する所有権を確保しなければならないのであり、そしてそういう権力は、コモン‐ウェルスの設立のまえには、なにもないのである。そしてこのことは、スコラ学派における正義についての通常の定義からも、推測される。すなわち、かれらは「正義とは各人に各人のものを与えようとする不断の意志である」という。したがって、自分のものがないところ、すなわち所有権がないところでは、なにも不正義はなく、強制権力がなにも樹立されていないところ、すなわちコモン‐ウェルスがないところでは、所有はない。すべての人がすべてのものに対して、権利をもつのだからである。したがって、コモン‐ウェルスがないところでは、なにごとも不正ではない。それであるから、正義の本性は、有効な信約をまもることにあるが、しかし信約の有効性は、人びとにそれをまもることを強制するのに十分な、政治権力の設立とともにのみ、はじまるのであって、しかもそのときにまた、所有権もはじまるのである。 [一巻237頁]


5.ジョン・ロック『統治二論』(1690年、岩波文庫)

たとえ、大地と、すべての下級の被造物とが万人の共有物であるとしても、人は誰でも、自分自身の身体に対する固有権をもつ。これについては、本人以外の誰もいかなる権利をももたない。彼の身体の労働と手の働きとは、彼に固有のものであると言ってよい。従って、自然が供給し、自然が残しておいたものから彼が取りだすものは何であれ、彼はそれに自分の労働を混合し、それに彼自身の所有物とするのである。それは、自然が設立した状態から彼によって取りだされたものであるから、それには、彼の労働によって、他人の共有権を排除する何かが賦与されたことになる。というのは、この労働は労働した人間の疑いえない所有物であって、少なくとも、共有物として他人にも十分な善きものが残されている場合には、ひとたび労働が付け加えられたものに対する権利を、彼以外の誰ももつことはできないからである。 [326頁]

2010年12月13日月曜日

メモ(2)



 「時間」を複数化するためには、「時間」の分割と配分を「計画」しなければならない。

 「計画」(project)。「時間」の「計画」は、歴史上、常に必要とされてきたわけではない。自転と公転のリズムに従って生活のパターンが決定され、必然的に「時間」が設計されていた時代、ひとは「時間」の「計画」をさほど必要としなかった。人間はみずから「時間」をデザインするよりも、「時間」に身を委ねていた。

 しかし近代の技術は、自然という一つの「時間」から人間を引き剥がした。その帰結として、20世紀の人間は、自然とはまた別の誰か/何かに「時間」を委ねた。たとえばそれは会社であり、国家であり、新聞、ラジオ、テレビだった。

 いま、人間と「時間」の関係の歴史は、新たな局面を迎えている。人間は、自分以外の誰か/何かがつくった「時間」に無批判に身を委ねることをやめ、ますます個人としてみずからの「時間」を「計画」するよう求められている。あるいは、その権利を与えられている。会社に自分の「時間」を委ねることのリスクを誰もが知っている。マスメディアの「時間」からこぼれ落ちるものがいかに多いか誰もが知っている。

 主体(subject)としての人間は、これまで誰か/何かがつくった「時間」の従属者(subject)だった。だがいまや個々人が計画(project)を始める。サブジェクトからプロジェクトへ。みずからの「時間」を全的に委ねてしまうことは、20世紀が残した「公害」である。

 「計画」(project)。プロジェクトとは語源的に「前に‐投げる」ことを意味する。わたしたちは前に投げる。何を投げるのか。自分の「時間」を投げるのである。「いつまでに‐なにを‐どれくらい‐やれば‐満足か」。その決定がプロジェクトの課題だとすれば、わたしたちは、自分自身にとっての「いつまでに‐なにを‐どれくらい‐やれば‐満足か」を前に投げる。未来に向かって考える。そしてリズムをつくる。わたしたちは自分のリズムをつくる。それがプロジェクトである。リズムがあり、テンポがあるからこそ、変化があり、経験があり、価値の創造があり、自由がある。「時間」の「計画」を窮屈なものと考えてはならない。それは自由と矛盾しない。むしろ「計画」とリズムがない場所に無規律な自由などない。

 リズムとしてのプロジェクト。リズムをとり、テンポを保つための技術が、いまやわたしたちの周りに溢れている。かつて手紙や日記がそうした役割を果したように、現在ではメールやブログやSNSやツイッターが個人にとっての「ペースメーカー」となる。「ペースメーカー」。「ペースを‐つくるもの」。プロジェクトのペースは「わたし」がつくる必要はなく、「もの」につくってもらえばよい。「もの」がつくってくれたペースに「わたし」が乗る。それは「時間」を委ねることとは違う。「もの」がつくってくれたリズムとテンポに合わせ、それを利用して踊ればよいのである。

 しかし気をつけなければならない。あなたの「時間」を奪いにくるものは多い。テレビや携帯電話だけでなく、あなたが「時間」を「計画」するツールもまた、あなたの時間を容赦なく奪いにくる。パソコンに「時間」を委ねることはテレビに委ねることとそう変わらないかもしれない。すべてはあなたの「時間」を奪いにくる。だから意識し、覚醒している必要がある。「時間」を分割し、配分し、自分の「時間」を誰に/何にどれだけ与えるか、「時間の経済学」に習熟し、「時間」を不当に(無意識のうちに)奪われないこと。距離の感覚を保ち、没入して委ね切らないこと。ものを使うことよってものに対する距離をとること。技術を受け入れることで技術との関係を批判的に更新し続けること。

 「計画」(project)とは「前に‐投げる」ことである。しかし前に投げたらどうなるのか? わたしたちは前に投げるだけなのか? おそらくそうではない。わたしたちは前に投げる。すると向こうから何かが返ってくるのである。それを「対価」と呼ぼう。プロジェクトと対価。前に投げることと見返りに受け取ること。その往復運動が重要だ。

 前に投げることと見返りに受け取ること。ツイッターはその構造からなる。わたしたちはつぶやく。前に投げる。それが何らかの価値を生めば、つぶやきはリツイートされ、フォロワーが増える。

 公務員や大学教師よりも起業家や作家に強力なツイッターユーザーが多いのは不思議でない。「月給」という制度、いや思想そのものが、プロジェクトと対価の思想と対立するからだ。ツイッターは原則的に自分が生んだ価値に応じて価値が返ってくる世界である。他方、月給は、自分が価値を生んだときに初めて対価がもらえるという構造ではない。

 プロジェクトと対価のシステムが月給のシステムよりも優れている点が、少なくとも一つある。それは外部からの批評性が確保されることだ。収入と生活が保障されている限り、自分の仕事がどれほど評価されなくても、「世間がついてきていない」「自分が進みすぎている」と自己肯定し続けることが可能だ。あるいは外部に対して無関心でいることさえ可能だ。「自分は価値のないことをしているのではないか」「もっとほかにやるべきことがあるのではないか」と反省する契機は相対的に少ないだろう。しかし生んだ価値に応じてしか対価を得られない世界では、「まわりが馬鹿だ」と言っても仕方なく、外部の視点によって自動的に自己が点検されるのである。

 月給と終身雇用というかたちで将来の不安がなくなることは、基準の絶対化もしくは基準の消滅を生む可能性がある。価値を前に投げ、その対価を得るという往復運動が止まると、何をやってもやらなくても同じになってしまうのだ。その意味で「不安」は必ずしも否定すべきものではない。「不安」を「常に試されている状態」ととらえるなら、それは価値と対価の運動の原動力として働くのであり、外部からの批評を次のプロジェクトへとつなげる動機になるのである。

 「時間」の「計画」。それは個々人がみずからのリズムをつくり、そのなかで経験し、価値を生み、それに応じて対価を得る構造をつくることだ。現代において「時間」を誰かに委ねることと「時間」を自分でプロジェクトしていくこと。前者はよりリスクが高く、後者はより楽しい。それは明白ではなかろうか。

(続)

2010年12月12日日曜日

翻訳(2)

ハインリヒ・フォン・クライスト「人形劇について」(2)

 彼は付け加えて言った、「この運動は非常に単純です。重心が一本の直線上で動かされると、手足は常に曲線を描きます。単に偶然的な揺さぶりを受けると、全体はしばしばある種のリズムある運動を始めます。それは舞踊に似ています。」

 この指摘によって、彼があやつり人形劇に見出すという楽しみがいくらか解明された気がした。しかしこのときはまだ、わたしは彼がこのあと引き出す結論について、まったく予感していなかったのである。

 わたしは彼に尋ねた、「あなたは人形を統治する機械操作員自身が舞踊家でなければならない、あるいは少なくとも舞踊における美的なものについて理解していなければならないと思いますか?」

 彼は応えた、「技術的な側面からみて簡単な仕事だからといって、まったく感性抜きでできるということにはなりません。」

 「重心が描く線はたしかに非常に単純で、わたしが思うに、たいていは直線です。曲線の場合、その屈曲の法則は最小限で一次曲線、もしくは最大でも二次曲線のようで、後者も楕円を描くに過ぎません。運動が楕円形になるのは、人間の身体の先端部分にとって(関節のはたらきにより)それがそもそも自然な形だからです。したがって、機械操作員にとっては、重心が描く線を記録するにはそれほどの技芸を要しません。」

 「その反面、別の側面からみると、この線はとても秘密に満ちたものでもあります。なぜならこの線は、舞踊家の魂の道そのものだからです。わたしは、機械操作員が人形の重心に自分自身を移すこと、別の言葉で言えば彼自身が踊ること以外に、この線は見出されないのではないかと思います。」

 わたしは応えた、「機械操作員の仕事はかなりの程度精神を欠いたものだ、と聞いていました。手回しオルガン弾きが把手を回すようなものだ、と。」

 「まったく違います」と彼は答えた。「むしろ、機械操作員の指の運動と、それに結び付けられた人形の運動の関係は、かなり不自然で人工的なものです。数と対数の関係や、漸近線と双曲線の関係のように。」

 「もっとも、わたしがお話した後者の側面、精神の破棄という点はあやつり人形から遠ざけて、その舞踊を完全に機械的な緒力の領域に譲り渡し、あなたが思っていたように把手で実現することもできるでしょう。」

 わたしは、大衆向けの芸術の変種に彼が注ぐ注意力を目にして驚嘆していると伝えた。「あなたは、人形劇のより高次の発展が可能だと思ってらっしゃるだけでなく、自らそれに取り組んでいる。」

 彼は微笑し、言った、「わたしは思い切ってこう主張しましょう。もしどこかの機械工がわたしの要求通りにあやつり人形をつくり、その人形でわたしが舞踊を表現すれば、わたし自身も、現代の誰か別の巧みな舞踊家も、ヴェストリさえ例外でなく、辿り着けない舞踊になるでしょう。」

 「あなたは」と彼は、黙ったまま視線を大地に落としたわたしに尋ねた、「あなたは英国の芸術家たちが大腿部を失った不幸なひとたちのために製作した、機械でできた脚のことを聞きましたか?」

 わたしは言った、「いいえ。その類のものを目にしたことはありません。」

 「残念です」と彼は応えた、「というのも、この不幸なひとたちはその脚で踊るのです、と言ったら、あなたは信じてくれないのではないか。踊るどころではありません。運動の範囲は限定されますが、彼らの意のままになる運動は、どんな思考する心も驚愕させるような落ち着き、軽やかさ、優美さで行われるのです。」

 わたしは冗談めかして意見した、「ではぴったりの人を見つけましたね。その奇妙な脚をつくる芸術家なら、あなたの要求に適うあやつり人形をまるごと組み立てられることは疑いないでしょう。」

 「どのような」とわたしは、やや困惑して大地を見つめている彼に尋ねた、「どのような要求をあなたはその熟練した芸術家に向けようとお考えですか?」

 「特別なことは何も」と彼は答えた、「今お話したことだけです。均整、可動性、軽やかさ――ただしすべてをより高度に。そしてとりわけ、もろもろの重心の、自然に即した配置。」

 「その人形が生命ある舞踊家たちにまさる長所は何ですか?」

 「長所? なによりもまず、否定的な長所です、優れた友よ。すなわち、人形は決して自らを飾らない、ということです。――というのもご存知のように、装飾が現れるのは、魂(運動サセル力)が運動の重心以外のどこか別の点に位置するときです。一方、針金と糸を使う機械操作員は、重心以外の点を操ることがまったくできないので、残りの手足はどれであろうとすべて純粋な振り子となり、死んだまま、単純な重力の法則に従います。舞踊家たちのほとんどには求めても叶わない優れた特性です。」


<メモ>

・クライストにおけるGesetz(法、掟)やOrdnung(秩序)という単語が、同時に自然科学的でもあるということ。前者は「法則」、後者は「等級、位数、次数」なども意味する。

・人形の二つの側面。「機械」と「自然」。それは「精神」と「心(感性、感情)」の対立に対応する。

・重心以外が「死んでいること(tot)」が肯定的に捉えられている。すべてが活き活きとすればよいのではなく、重心が装飾なく自然に「統治」され、手足は死んだまま従えばよい。どういう意味か?

2010年12月11日土曜日

クライスト(2)

短編小説「決闘」(Der Zweikampf)

1.あらすじ

短編のわりに非常に複雑な話だが、最終的には決闘があって、すべての案件が解決する。


2.メモ

・たしかに最後は「決闘」にいたるが、基本的には「書類」、「相続」、「裁判」を巡る物語で、他の作品と比較すべき点が多い。物語はまず、嫡出子が死んでしまったので私生児を後継者としてドイツ皇帝に認めてもらうLegitimationsakteという書類の問題から始まる。それが公位継承の問題につながる。公位継承Thronerbeはドイツ語では相続Erbeの一つである。ところで、遺言(これは話された言葉)によるこの相続は、例外的な、本来的には「法に逆らった」ものである。さて、公爵の命を奪った矢についての供述書Erklaerungも書類である。さらに公爵夫人から赤髭伯へのBitteも手紙=書類。ちなみに赤髭伯はこれを「二度読む」。「二度読む」のは『ホンブルク』にも登場する行為。赤髭伯は友人の騎士たちに書簡Schreibenを書き送るし、裁判を起こすためにはドイツ皇帝にAktenstueckeが送付される。リテガルデの父親は裁判所からの手紙が原因で死ぬ。リテガルデはトロータに別れの手紙を送っていた。裁判所からの出廷命令Anzeige。リテガルデの兄たちは少しでも多くの遺産がほしいので、リテガルデを追いやる。ここにも「相続」の問題。地位の相続と大地の相続。また、牢獄の中からのリテガルデの手紙Zuschrift。

・この作品でも「民衆」のポジションが重要になっている。赤髭伯は民衆の支持を得ているため、公爵夫人も下手な手を打てない。民衆を刺激すると危険であるという認識のもとで行動している。あらためてクライストにとって民衆とは何だったのか? クライストには「民意」という観念が明らかにある。

・「文字によるコミュニケーション」は「民衆の声」と対置されているのだろうか。

・裁判=戦争。争いという単純な意味でも。決闘を行うことになるフリードリヒ・フォン・トロータは、最初、物語の語り手によってAnwalt弁護士と呼ばれている。書類から剣へ。事実の解明から神の判決へ。理性から理性を超えたものへ。裁判と決闘の共通点は、それらは両方とも「演劇」である、ということ。罪を告白した赤髭伯が、それにもかかわらず最後に焼かれるのもまた「演劇」である。

・「調書」のような文学。調書だからこそ、一貫性のなさもそのままに保たれる。赤髭伯の性格はちっともつかめない。冒頭では人格者のように描かれながら、最終的にはひどい男だったことになる。

・裁判における書くことと話すこと。判決は書類(書くこと)でもあり宣告(話すこと)でもある。たとえばFreisprechungという単語。

・フリードリヒは一度目の決闘では引き下がらない。すなわち「再審」を求める。再審制の思想。他方、一つの裁判に別の裁判が接続することによって物語は終わる。

・さまざまな敵対関係(Feindschaft)。物語の発端は、異母兄弟Halbbrueder間の不和である。半分の兄弟。なぜクライストにはこれほどまでに父‐母‐子の不整合が登場するのだろう? クライスト自身も異母きょうだいがいたという事情も考慮すること。

・「落下」としての運命。大地Erbeは同時に「現世」であること。大地に落ちることは現世にまみれることでもある。言葉が近代社会とキリスト教的伝統の両方を意味していて、その二重性がとても重要なことがある。

・この作品でも信頼Vertrauenが問題になっている。要は「党派的であることを恐れないこと」「信じたいものを信じきること」が問われる。

・名前の共通性。フリードリヒ、クニグンデ。

2010年12月10日金曜日

時間科学(2)

1.エルンスト・マッハ『時間と空間』(1905−1923年、法政大学出版局)

ニュートンにとっては、時間と空間とは何かしら超物理学的なものであった。つまり、時間と空間とは直接的に到達できるものではなく、少なくとも厳密には規定できない、依属関係をもたない[独立の]原変数なのであって、それに従って全世界が方向づけられまた統御されるものなのである。空間が太陽を回る最も遠い惑星の運動をも律しているように、時間もまた最も遠い天体の運動と、ごく些細な地上の事象とを符合させているのである。このような理解を通じて、世界は一つの有機体となる。あるいはこういった表現を好むのならば、一つの機械となるのである。そこでは、一つの部分の運動にしたがってすべての部分が完全に調和しながら動いており、いわば一つの統一的な意志によって導かれている。ただわれわれには、この運動の目標が知らされていないだけである。 [144頁]

時間と空間とは、生理学的に連続体の外見を見せているにすぎず、ほぼ確実に、非連続的ではあるが厳密には区別しえないような要素から構成されているということ、これはここで更に強調されてしかるべきであろう。物理学における時間と空間に関して、連続性の仮定がどれ位堅持できるのかといったことは、単に合目的性および経験との合致の問題にすぎない。 [149頁]

マッハ哲学における「世界」は、ラプラスやヘルムホルツが想定したような、透明で一義的に決定された予測可能な世界ではない。それは「感性的諸要素」が相互に函数的に連関し合いながら、絶えず離散集合を繰り返すアモルフでアンビギュアスな世界であり、そこには「真に無条件の恒常性などというものは存在しない」のである。それゆえ、かかる「世界」にあっては、因果論的な世界了解はそもそも最初から意味をなさない。マッハによれば、いったいに「自然における連関は、或る与えられた場合に、一つの原因と一つの結果とを指摘できるほど単純なことは稀」なのであり、しかも因果論が用いる「原因」や「目的」といった概念は、「アニミズム的な表象に起源を」もっているのである。そこでマッハは「因果概念を数学的な函数概念で置きかえよう」と試みる。すなわち「現象相互間の依属関係、より精密に言えば現象の諸表徴相互間の依属関係で置きかえよう」とするのである。 [野家啓一による解説、210頁]

「(マッハにとっては)空間と時間といえども、それらを定義するのに、何ら特別の直観の形式は必要としない。それどころか、空間と時間は色、音、圧のような感覚的諸項を決して超越しない限定された内容だけに還元できるのである。」[…]右に引いたカッシーラーの指摘をまつまでもなく、マッハ自身「空間・時間感覚といえども、色、音、臭覚と同じような一つの感覚」であることを明言している。かかる感性的直観の空間をマッハは「生理学的空間」と名付け、それを数学や物理学に現れる「計測的空間」から明確に区別する。生理学的空間とは、具体的には「視空間」や「触空間」を指し、それは対象的実在性をもった原基的空間のことである。 [解説、220頁]


2.

 マッハは、ニュートンによる「超物理学的」な「ひとつの機械」としての空間・時間概念を批判し、空間と時間を、さまざまな感性的要素の具体的相互依存関係のあらわれ方として考えた。空間と時間を抽象化したままでおくのではなく、色、音、圧、匂いなどの個別の要素に還元し、そうした要素間の函数として経験をとらえたのである。その際、それらの「生理学的空間」が数学や物理学の場としての「計測適空間」から区別されたことが重要である。

 マッハは時間の連続性を「単に合目的性および経験との合致の問題にすぎない」とみなし、時間を本来的には非連続的なものと考えた。さまざまな要素が離散集合しながら世界を変容させ続けるその世界は、時間性よりも空間性を強く感じさせると言えるかもしれない。マッハは世界の複雑性を直視し、空間と時間の複数性を論じたことによって、アインシュタインらに大きな影響を与えたということである。

2010年12月9日木曜日

時間哲学(2)

1.G. W. F. ヘーゲル『自然哲学』(作品社)

時間は否定の否定であり、自分と関係する否定です。空間における否定は、他なるもののもとでの否定であって、だから、否定の力がいまだ正しく働いているとはいえない。[…]空間の真理は時間であって、だから、空間は時間になるのです。わたしたちが主観的に時間へと移行していくのではなく、空間そのものが時間へと移行していく。普通に考えると、空間と時間はかけはなれた所にあって、だから、空間があり、つぎに時間「もまた」あるといわれる。哲学はこの「もまた」を克服しなければなりません。 [60頁]

時間とは、純粋な自己意識原理たる自我=自我と同じ原理に立つが、その原理あるいは単純概念が、まったく外面的・抽象的な形をとり、たんなる「なる」の直観体としてあらわれたものが時間であり、いいかえれば、時間とは純粋な内面性がまったくの外面性としてあらわれたものである。 [61頁]

概念は、完全無欠の絶対的な否定力であり、自由な存在であって、時間に服従することもなければ、時間のなかにある時間的存在でもなくて、むしろ、概念のほうが時間を支配し、概念の否定力の外面的なあらわれが時間である。とすれば、時間の支配下にあるのは有限な自然物だけであって、真の存在たる理念や精神は、時間を超えた永遠の存在である。 [61頁]

運動があるというのは、なにかが動くということで、この持続するなにかが物質です。空間と時間は物質によって満たされている。空間はみずからの概念と一致せず、そこで、空間の概念そのものがみずから動いて、物質のうちで実在を手に入れます。[…]空間と時間はその抽象性ゆえに最初のものと考えざるをえないので、そうなると、物質は空間と時間の真理であることが示されねばなりません。物質なくして運動がないように、運動なくして物質はない。運動が一つの過程であり、時間から空間へ、空間から時間への移行であるとすれば、物質は、空間と時間との関係が静止する同一体という形をとったものです。物質が第一の実在であり、そこにある自立存在です。それは、抽象的な存在というにとどまらず、空間が積極的に存立しつつ、他の空間を排除するありさまです。[…]物質のもとではじめて排他的な自己関係がなりたち、空間に実在的な境界が生じてくる。空間と時間を満たすもの、手でつかめ、触れることのできるもの、他に抵抗し、他にたいしてあるとともに自立して存在するもの、そのようなもの――物質――ができあがるには、時間と空間が統一されねばならないのです。 [73頁]


2. アレクサンドル・コジェーヴ『概念・時間・言説』(法政大学出版局)

<時間性>は<異なるもの‐の‐同一性>である。しかるに、<所与の‐存在>における<異なるもの>とは、<存在>と<無>のことである。したがって、<時間性>とは、<存在>と<無>のあいだの<差異>の<同一性>である。<時間性>はまた、それぞれ異なるものとして捉えられた<存在>と<無>との<同一性>である、とも言える。したがって本来のことを言えば、問題なのは同一‐性ではなくて、<同一‐化>なのである。すなわち、<時間性>は<存在>を<無>と、そして<無>を<存在>と同一化する。より正確に言えば、<存在>と<無>の同一化、ないし<無>と<存在>の同一化が、<時間性>なのである。この事態をアリストテレスや<スコラ哲学>にならって言えば、<時間性>とは<発生>と<腐敗>である。 [318頁]

或る孤立した言説において、<時間性>は<同一性>であると言うとする[…]。また同じく(他のあらゆる言説から、ゆえにまた先行の言説から)「孤立した」他の言説において、<時間性>は<差異>であると言うとする[…]。とすれば、これら二つの「孤立した」言説は、「論理的に」反駁しあうことになる。このことに「異論」の余地は、たしかにないだろう。しかしここで、この二言説を結びつける、あるいは「綜合する」としよう(二言説の任意の一方は、「<定立>」と呼べる。その場合他方は「<反‐定立>」と呼ばれる)。あるいはより正確に、二つの言説の(「綜合的」)第三言説としての結合、ないし一体性を考えてみよう。すると、「孤立した」二言説の「論理的矛盾」は「綜合的」第三言説のうちで、ないし「弁証法的」第三言説のうちで、昇華され(ゆえにまた保存され)(「弁証法的に」)「消滅」することになる。「綜合的」第三言説が矛‐盾するものでないというのは、つぎの単純な理由による。すなわち、「綜合的」第三言説は一個同一のことしか言っていない、すなわち、<時間性>は<同一性>であるだけでも<差異>であるだけでもなく、<時間性>は<異なるもの‐の‐同一性>あるいは<同一なもの‐の‐差異>であるとしか言っていないという理由である。 [329頁]

あらゆる「弁論」において、ないし(「首尾一貫した」)言説において異論の余地なく「人為的」なのは、一個同一の<全体>の構成‐要素として「本当は」結合しているもの、ないし結びついているものが、「抽象によって」(言説的に)分離される、ないし孤立させられることである。だから「論理的弁論」も、「弁証法的弁論」とまったく同じく、孤立させ分離する弁論である。ただし「弁証法的弁論」は、最終的には、いつでもどこでも(すなわち「必然的に」)分離したものを再‐結合する。しかし「論理的弁論」は、分離したものを(「人為的に」)分離したまま固定し、いついかなるところでも再結合することがない。そして論理的<弁論>が矛‐盾するのは、まさに分離されたものを「人為的に」固定するからである。「人為的」固定のために(すでにパルメニデスが<臆見>に関して理解し、プラトンが『パルメニデス』で示したように)論理的<弁論>は、己れが言うのと反対のことも言わざるをえなくなる。 [335−336頁]

<哲学>はヘーゲル以降、「真に」語るには(最終的には)存在‐論的<鼎立体>について語るしかないことを知ったのである。すなわち、(明示的に語られる)<存在>、(黙示的にのみ語られうる)<無>、そして(少なくとも黙示的に<存在>と<無>の差異として語ることによって、明示的に語られうる)<差異>について、(「継起的」にではあるが)「同時に」語るしかないことを、知っているのである。 [343−344頁]

<無>の不在という現前がなければ、存在は「<無>と異なる」と言うことさえできなくなる。すなわち、存在について何も言えなくなり、<存在>は<所与の‐存在>(すなわち<人が‐それについて‐語る‐存在>)でなく、言表不可能な<まったく‐単独の‐一者>であることになる。 [346頁]

必然的に時間のなかで実現される<概念>の言説的展開が、いつの日か(その出発点に帰還して)その「内容」を「尽くす」ことができると言えるのは、<概念>を「<時間>」に、そして「<時間>」を<概念>に同一化させればこそである。このときこそ、<概念>の言説的展開は、「首尾一貫し」「完成した」ものとして言説的<真理>であると、言うことができる。この言説的<真理>は、ひとがそれについて語るものについて言うことができるすべてを言い、いついかなるところでも(語る者の)「首尾一貫し」「完成した」別の言説から反対を‐言われることもなく、ひとがそれについて語るものによって「反対を言われ」「否定される」こともないのである。[原文改行]したがって、実際には言説的<真理>の探求である<哲学>は、自らを(言説的に)意識して、<概念>が<時間>にほかならないのと同じく、<時間>が<概念>にほかならない、と言わなくてはならない。ただし、<哲学>がこの二重の同一化を真理であると証‐明できるのは、己れ自身を言説的<真理>として証‐明すればのことである。そして、<哲学>が己れ自身を言説的<真理>として証‐明するためには、<哲学>がこの<真理>に生成するしかない。<哲学>は、わたしが本書でわたし自身と同時代人のために「改訂」して開陳するヘーゲル的<知の体系>である「円環的」<言説>へと、(「首尾一貫」した仕方で)「完成され」、「完璧に仕上げられる」しかないのである。 [363−364頁]


3.アレクサンドル・コジェーヴ『ヘーゲル読解入門』(国文社)

「時間は経験的に現存在する概念そのものである」という文は、時間が世界-内-人間及びその実在する歴史である、ということを意味することになる。だが、ヘーゲルはまた「精神は時間である」とも述べている。すなわち、人間は時間であるとも述べている。我々はこれが意味するものを今しがた見て来たばかりであった。それによれば、人間は他者の欲望に向かう欲望、すなわち承認を求める欲望であり、すなわちこの承認を求める欲望を充足せしめるために遂行される否定する行動、すなわち尊厳を求める血の闘争、すなわち主と奴との関係、すなわち労働であり、すなわち終局において普遍的で等質的な国家と、この国家において、そしてこの国家により実現される全人類を開示する絶対知とに至る歴史的発展である。要するに、人間が時間であると述べることは、ヘーゲルが『精神現象学』において人間に関して述べたことをすべて述べることにほかならない。[…]精神と時間とを同一化するこの一文は、ヘーゲルの全哲学を要約しているわけである。 [206頁]


4.

 「時間とは現存在する概念である」とは、時間の「総合する」性質を指摘したものでもあるらしい。

 時間を「論理」あるいは「言語」として読める箇所もコジェーヴにある。まずAと言い、次にBと言わなければならない。言語こそ時間構造である。

 コジェーヴのヘーゲルとアルチュセールのヘーゲルはまったく別の印象を与える。コジェーヴが論じると弁証法はすばらしい原理に思える。しかしたしかに、普遍的で等質的な国家を「究極目的」「完成」と呼ぶヘーゲル=コジェーヴには、批判せざるを得ない部分がある。

 ただし、コジェーヴのヘーゲル理解を踏まえるならば、時間は「主人公」としての主体の時間であり、「敵」と「敵」の時間は「主人公」のために存在する、という階層的な時間/歴史哲学はヘーゲルとは無縁なようである。つまり弁証法的時間とは、「主」のために「奴」が存在するような時間ではないのではないか、ということ。

 ヘーゲルとクライストのあいだに通じる道が見つかるかもしれない、ということ。

2010年12月8日水曜日

社会理論(2)

1.

 もはや私的な領域と公的な領域は対立しない。両者は互いを排除しない。むしろパブリックであることとプライベートであることは同時に達成される。私的領域の公共性、政治性は高まってきているし、今後も高まり続けるだろう。

 その際、個人が私的領域において「一貫した政治性」を示す必要は全くない。是々非々で、一つ一つのトピックに対して個人的な嗜好をもとに判断するしかないし、それでいい。ただし、それが単に私的判断であるのみならず、公的・政治的判断でもあり、いつかその責任を負わされるかもしれない、という前提の上で。問題Aに関しては右寄りで問題Bに関しては左寄りの人間がいても何もおかしなことはない。

 私的領域の特性は、それが「近い」ことだ。そこで政治は、今や「大小」を問うことから「遠近」を問うことへとシフトすべきだろう。大きい政府か小さい政府かといった議論はもはや無意味だ。政府は個々の課題に応じて同時に大きくも小さくもならねばならないのだから。それよりもむしろ、「遠い政治」か「近い政治」かを問題にした方がいい。

 「近い政治」とは、私的領域との関わりを明確にすることによって、個々人の「自己組織化」を促進する政治だ。政治家と官僚が全てを決定し、それから国民に「下賜」するモデルはもはや限界である。官僚は全能ではないし、政治家の権威も揺らいでいる。むしろ国家は、国民のあいだで「自己組織化」が進むような「場」をつくることに注力すべきではないか。「観客」と「観客席」を適切に組織し、「観客」たちが自らの問題として解決策を探る=自己組織化を深めるよう、デザインを試みることが重要なのだ。

 しかもその際、ゼロからデザインする必要はない。すでに社会のなか、個々人の生活(私的領域)のなかで浮上してきている問題をベースに「自己組織化」の促進を図った方がよい。個々人の利害に満ちた私的領域を政治の場とすること。求められるのは、機動力、適切な情報の提供、合理的な決定方式の提案、政策への迅速な反映などだろう。


2.ウルリッヒ・ベック「政治の再創造」(1994年、『再帰的近代化』、而立書房)

集合的な、集団に固有な意味供給源(たとえば、階級意識や進歩にたいする信仰)は枯渇し、解体し、魔力を失いはじめている。これらの意味供給源は、20世紀に至るまで西側の民主制と経済社会を支えてきたが、そうした意味供給源の喪失は、結果的にすべての意思決定作業を個人に委ねるようになる。このことがまた、「個人化過程」という概念の意味している問題である。 [20頁]

「不確実性の、社会への再来」とは、何よりまず社会的対立を、もはや体制の問題ではなく、ますますリスクの問題として見なしていかなければならないことを意味している。[…]リスク問題に見いだす両義性は、リスク問題と体制問題とを区別していく。なぜなら、体制問題は、当然のことながら一義性と決定可能性を志向しているからである。一義性が次第に失われていくなかで――また、そのことはますます強まる傾向にあるが―—社会の科学技術的操作可能性にたいする信仰は、ほぼ必然的に姿を消していくのである。 [22−23頁]

政治的対立や利害関心の個人化は、政治的権利の放棄や「世論調査民主主義」、政治にたいする倦怠を意味するのではない。しかし、政治の古典的対立項を混ぜ合わせたような、矛盾にみちた、多様な政治参加が生じているのである。したがって、論理的に考えれば、誰もが、右派でもあり同時に左派でもある、急進派でもあり同時に保守派でもある、エコロジストでもあり同時に反エコロジストでもある、政治的でもあり同時に非政治的でもあるような、そうしたかたちで思考し、行動していくのである。誰もが、その人の自己の構成要素の一部として、悲観論者であり、消極論者であり、理想主義者であり、積極的行動主義者なのである。とはいえ、このことは、今日の政治の透明性――右派と左派、保守主義と社会主義、政治離れと政治参加――というとらえ方が、もはや正しくないし、有効性をもたなくなっていることを意味しているに過ぎないのである。 [43−44頁]

再帰的近代化とはまた、みずからが用いる秩序カテゴリーを撤廃しだしているモダニティのなかで、両義性の歴史的《所与性》を正当に評価できるような、そうした「合理性の刷新」を、本質的に意味している。 [65頁]

今日の政治の核心は、自己組織性の能力にある……そのとっかかりは、教育問題とか、家賃、交通規則といった、もっと日常的なことがらにある……いまでは、可能性のあるすべてのグループが、つまりあらゆる種類の少数派集団が、国家に対立しています。この意味での「市民運動」は、労働組合や教会やマスコミのような古い組織だけではない。スポーツ選手たちもまた高度に組織化されている。それに同性愛者、武器商人、ドライヴァー、障害者、子をもつ親、脱税者、離婚者、自然保護派、テロリストなどなど……かれらはこの社会のなかで無数の権力機関をつくり出すことができるのです。[…]かつてのヨーロッパでは、人びとは[…]共同体を、いつも人体をモデルに描き出してきた。政府は首脳、つまり頭だった。この比喩はあくまでも過去のものです。すべてを予見し、操作し、決定する中枢は、もはや存在しない。社会の頭脳をひとつの地域に限定することは、もうできないのです。 [エンツェンスベルガー、75頁]

単純的モダニティにおける政治概念は、ある中心軸のシステムにもとづいており、その中心軸の座標のひとつが、左派と右派、公的なものと私的なものとの二つの極の間を貫いている。この場合、政治的になるということは、私的領域を離れて公的領域の方向に進むこと、逆に言えば、政党なり政党政治、行政府の要求が私生活の隅々にまで拡散していくことを意味している。かりに市民が政治に向かわなければ、政治が市民のところにやってくるのである。[…]ギデンズの場合、政治的なものが、私的領域を介して達成されたり、私的生活領域の推移のなかに、いわば裏を回るかたちで侵入していく[…]政治的なものの考えうる最小の単位である私生活が、世界社会を包含していく。政治的なものは、私生活の中心部にぬくぬくと身を落ち着け、われわれをうるさく苦しめているのである。 [86−87頁]


3.アンソニー・ギデンズ「ポスト伝統社会に生きること」(1994年、『再帰的近代化』、而立書房)

過去は、保存されるのではなく、現在という基盤をもとに再構成されていく、と言うのである。こうした過去の再構成は、一面では個人的なことがらであるが、基本的には《社会的》ないし集合的なことがらである。[…]したがって、記憶とは、能動的な社会過程であり、その過程をたんに覚えたことがらの想起と同一視することはできない。われわれは、過去の出来事なり状態についての記憶を絶えず再生産しており、したがって、こうした繰り返しは経験に連続性を与えていく。[…]それゆえ、伝統とは、《集合的記憶を組成する媒体》であると言うこともできよう。 [120頁]

ポスト伝統の状況では、われわれは、どのように生き、どのように振る舞うのかを自分で決める以外他に選択の余地がない。こうした視点からみれば、嗜癖でさえもひとつの選択である。つまり、嗜癖とは、毎日の生活のほとんどすべての側面が適切なかたちで見ていった場合に提供する数多くの可能性と、折り合いをつけるための方式である。 [141頁]

2010年12月7日火曜日

生活(1)

1.

 生活における「時間」の取り扱いは難しい。すぐ情報が手に入る、すぐお腹が満たされる、すぐ話せる、すぐ会える、すぐ読める、すぐ書ける、すぐやり直せる。それはとても素晴らしいことに思えるし、実際素晴らしい。しかしひとつの事実に複数の意味を読む必要がある。ドイツ語では「時間をつぶす」ことを"Zeit totschlagen"というが、これは直訳すれば「時間を殴り殺す」という意味だ。生活における「時間」は、これまでまさに「殴り殺されるべきもの」として扱われてきたのかもしれない。「原因」(お腹が空いた)と「結果」(お腹いっぱい)を直結させ、両者の「あいだ」をできる限り「殴り殺し」、消去することを、ひとは技術、進歩、便利と呼んできたように思われるのである。

 しかしこれからは、「プロセス」を経てしか手に入らないものがあることを認識した上で、自分の時間をどこにどれだけ割り振るか、個々人が偏った選択・編集・カスタマイズをすることが当然になるだろう。

 いま、「時間」を貨幣のように考えてみよう。コンビニ弁当を買うとき、あるいは情報収集をテレビのニュースで済ませるとき、わたしたちは「時間」を節約できる。自分で料理したらあっという間に消えてしまったであろう1時間、その「支出」を避け、弁当で間に合わす。今日一日世界中で起きた出来事から本当に重要な情報を探したら瞬く間に過ぎたはずの2時間、その「支出」を避け、テレビで間に合わす。しかしたくさんのお金を払わなければ得られない利得があるのと同様に、どちらも「時間」を節約できたというポジティブな結果に代償が伴う。「時間」を節約したからこそ得られない利益、「時間」を節約したからこそ被る損害がある。もはや単純に「時間」の節約を讃美できる時代ではない。「時間」の節約は代償を伴う。それを自覚した上で「時間の配分」を「設計」し続ける必要がある。

 人間は日々の生活において、「時間」を貨幣として経済行動をしている。貨幣とは違って、各人が保有する「時間」の絶対量は等しく、それは有限な資源である。この条件下、個々人が自分にとっての「時間」の「最適配分」を実現しなければならない。この「時間の経済学」こそ、現代生活に必須の技芸ではなかろうか。自分(たち)にとって、たとえば食事は、情報収集は、情報発信は、どれだけ重要なものか。どれだけの時間を割り振るのか。どれだけの時間を割り振らなければ自分にとって満足できる結果が得られないのか。

 時間が有限である以上、あらゆる「プロセス」を充実させることは不可能である。したがって「時間の経済学」は「古き良き時代の復興」とは無縁だ。損得勘定を踏まえ、主観的合理性に即して決定したのであれば、コンビニ弁当を食べながら徹底的に仕事をする「偏った生活」でもいいではないか。しかしながら、そこにいたるための損得勘定、主観的合理性の算出、個人としての決定、それらを通じての「時間の設計」、それらができるような情報環境、技術、そしてエートス(行為態度)を整える必要があるのである。


2.上杉隆『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎新書、2008年)

われわれ新聞の仕事は、ハイジャック自体にどういった背景があるのか、それは政治的なものなのか、単に金銭目当てのものなのか、あるいは無事に解決したのか、悲惨な結果に終わったのか、そういったものをすべて見極めた上で初めて、取材をスタートするかどうか判断を下すべきなのだ。その上で、本当にニューヨーク市民や米国の読者にとって、それが有益なニュースなのかどうかよく吟味したのちに記事にするのかどうかを決める。 [NYTニコラス・クリストフ、21頁]

EUは、日本の記者クラブは情報を寡占し、非関税の貿易保護政策に当たる閉鎖的な組織だとして、毎年のように、「非難決議」を採択している。また日本外国特派員協会(FCJJ)も、30年以上前から再三にわたって相互主義に基づく、記者クラブの開放を求めて抗議を続けている。[原文改行]しかし、日本のメディアがそうした動きに反応することはなく、ほとんど無視してきた。理由は、単に既得権益を手放したくないからという官僚的な考えがあるからに過ぎない。また、公平な競争では海外や雑誌メディアに敗れることが目に見えているからだ。 [84頁]

米国のメディアで働く者は、報道機関の社員である前に、ひとりのジャーナリストであるという考え方が強い。 [115頁]

アフガニスタン・ルールとは、取材対象が新聞発行地に近ければ近いほど、取材や記事執筆に困難が伴うということをいうのである。 [197頁]

私はミスを嫌う。しかしもっと忌み嫌うべきはそうしたミスを隠そうとする誘惑に負けることだ。 [NYTハワード・フレンチ、206頁]


3.石原結實『空腹力』(PHP新書、2008年)

人間が過食に弱いのは、人類のこれまでの歴史からも明らかです。人類は300万年前に類人猿から枝分かれして、人間になったとされています。それ以降、人類の歴史は、氷河期、洪水、地震など天変地異や戦争で食糧確保に苦労してきたのです。私たち日本人が飢餓の心配から解放されたのは、つい50〜60年ほど前からといっていいくらいです。[原文改行]つまり人間は、299万9950年間は絶えず飢餓の危険にさらされていたのです。[…]人間はこのような飢餓の時代を乗り越えて生き延びてきたので、お腹のすいた状態のほうが普通でした。ですから、人体の機能は食料不足でも生きながらえる機能をたくさん備えています。[…]それだけ、人間はお腹のすいた状態には強いのです。[…]しかし、いまの日本では、まず食べられないということはありません。[…]問題は、人間が飽食に対処する機能をほとんど持ち合わせていないことです。 [19−20頁]


4.安部司『食品の裏側』(東洋経済新報社、2005年)

何も知らされていない消費者は完全に被害者かというと、繰り返しになりますが、必ずしもそうではないのです。安くて便利ならばと、なんの問題意識も持たずに食品を買う消費者の側にも責任はあるのです。消費者が少しでも「安いもの」「便利なもの」「見かけがきれいなもの」を求めるからこそ、つくり手はそれに応じるしかないという現実もあるのです。 [50頁]

AとBという2つの添加物を同時にとった場合、あるいは30種類前後の添加物を同時にとった場合、いったい人間の体にどんな影響があるのか――そんな「複合摂取」の問題は完全に盲点になっています。残念ながら、そんなデータもない。しかし実際には、これまで見てきたように、ひとつの添加物を単品でとるということはまずありません。「複合摂取」が当然のはずなのに、その「毒性」は誰も明らかにしていないのです。 [182頁]

手間をとるか、添加物をとるか――それを心に留めておいてほしいのです。 [197頁]


5.安部司『なにを食べたらいいの?』(新潮社、2009年)

添加物の入った食品は、手軽に手に入れることができます。[原文改行]24時間、いつでも買えます。[…]自分で作れば一時間はかかる弁当がいつでも買える。[…]自分で作ったおかずはすぐ腐るのに、売っているものは日持ちする。[…]これらの利便性を陰で支えているのが多くの添加物なのです。 [131頁]

2010年12月6日月曜日

メモ(1)



 現代生活の課題は、「時間」を複数化することである。それは「わたし」を複数化することでもある。

 もしも「わたし」が一人なら、その一人において全てが始まり、全てが終わる。成功は「わたし」の完全な勝利であり、失敗は「わたし」の全身を痛めつけるだろう。

 それは単純にリスクが高い。可能なら一人の「わたし」に全てを賭けてよいだろう。しかしそれができるかできないか、それを望むか否かを自覚的に選択するプロセスはあってよい。

 仕事、家族、友人、趣味など、「戦線」を複数化することが「わたし」を複数化することである。「戦線」を分散したうえで、一部で受けたダメージをほかで補填し、一部で得た成功をほかに伝播させる。他方、重複させない部分は決して重複させない。

 「わたし」のこの複数化が、「時間」を複数化することでもある。「時間」の分割と言ってもよい。一つの大きな「時間」を生きているという前提を停止させ、仕事の時間、家族の時間、趣味の時間など、複数の小さな「時間」を渡り歩く。

 数が多く、種類が豊富で、質が多様なことを楽しむのが20世紀の消費文化だった。必要充分な数と種類を、できるだけ良い質で楽しむのが21世紀の消費文化だろう。いずれにせよ、いまだに一つの、単一の、均質な「わたし」の「時間」を生きなければならない理由は何もない。豊かな消費生活を楽しむように「わたし」とその「時間」に手を入れて楽しめばよいのだ。

 そもそも、仕事や対人関係に全人格を投入することは、現代においてなお求められているのだろうか。Wikileaksの外交公電公開では、アメリカの外交官が各国要人に対して行っていた個人的評価が問題となった。こうした事態にシステムとして対応することは困難だ。重要なのは、「仕事上の相手を個人的・感情的に評価しても仕方ない」という姿勢を、少なくとも表向きにつくることができるかどうか、ということではないか。機械として仕事をせよ、というのではない。「仕事」というカテゴリに対して適切なパーテーションを仕切れるか否か。別のソフトウェアで対応できるか否かが問題なのだ。そうしたかたちで仕事上の「わたし」を分離することは、ある意味では「演技」せよ、ということである。しかし感情移入し役柄に「なりきる」演技は不要だ。演技しながら演技している自分を冷静に意識し、モニターし、そのとき自分に何が生じているかを批評し、修正を与え続ける、ベルトルト・ブレヒトが求めた冷めた実践があればよい。現代において、それは役柄に「なりきる」ことよりもずっと容易で、かつゲーム的な楽しさを感じられるものではなかろうか?

 一人の「わたし」、一つの「時間」を複数化することは、個人の生活以外の分野にも応用できる。

 例えば政治や外交だ。わたしたちはあまりにしばしば「日本は…」「中国は…」と言う。それは日本や中国が一人の「わたし」のようにまとまりある、統一的な存在だと想定されているからだ。また、「日本は先進国だ」「中国は成長著しい」と言うときには、その国が、さらには全世界が一つの「時間」を生きているような前提をもっている。

 しかし、「日本」や「中国」は均質な統一体ではありえない。その内部には無数の多様な「日本」や「中国」が混沌としていて、それらはおのおのの「時間」をもっている。同じように「日本」と呼ばれていても、日本の経済と日本のメディアは(相互に依存するが)分離して考えることが可能で、それぞれに別の「時間」をもっている。それを「先進国」と形容した瞬間に、メディアの「時間」がどれほどいわゆる「先進国」とずれているのか、その差異は見失われてしまうのである(経済も「先進国」と評するに値しないかもしれないが)。

 「中国は人権を尊重せよ」というのは正論だろう。ただ、「中国」にも様々な「時間」が流れていることを考慮しなければ、現実的な変化はもたらされまい。「中国」の政治の時間、法の時間、統治の時間、領土問題の時間、民族問題の時間が今現在どのように流れているかを慮ったほうが、せっかくの提案が無駄にならない。「主観的な合理性」(内田樹)はいたるところに、常にある。それに「共感」することは不可能だ。誰もが同じ条件を共有しているわけではないのだから。したがって中国の立場に「なりきる」こと、なりきって「感情移入」することは不要だ。だがそこでもブレヒトの演技論は有効である。冷めた意識の「俳優」として、中国(これは飽くまで一例に過ぎない)の「主観的な合理性」を演技=検証し、それに対する距離感を確認すること。そしてその距離感の中で自分の行動をアレンジすることができれば、十分ではなかろうか。

 「近代」の問題としての一人の「わたし」と一つの「時間」。それは演劇の問題でもある。(続)

2010年12月5日日曜日

翻訳(1)

ハインリヒ・フォン・クライスト「人形劇について」(1)

 1801年の冬をM市で過ごしていたときのこと、わたしはある晩ある公共の庭園でC氏に出会った。最近オペラ座の主席舞踊家に迎えられ、観客のもと尋常でない幸福を築いた人物である。

 わたしは彼に言った、「あなたをもう何度もあやつり人形劇場で見て驚いていました。」劇場は広場に仮設され、歌や踊りを織り交ぜた他愛無い道化芝居で下層民を楽しませていた。

 彼は断言した、「人形たちの身振りはとても楽しませてくれます。そしてはっきり気付かせてくれます、自己形成を望む舞踊家は、人形から学べることがいくつもあると。」

 彼の言い方から、この発言は単なる思い付きでないと思われたので、わたしはそばに腰をおろし、何を根拠にそんな奇妙な主張ができるのか、詳細に聞き取ることにした。

 彼はわたしに尋ねた、「実際あなたは、人形たち、特に小さな人形たちが踊るときのいくつかの運動をとても優雅だと思ったことはありませんか。」この事情は否認できなかった。速い拍子に合わせてロンドを踊る四人の農夫の一団など、テニールスでもあれほど魅力的に描くことはできなかっただろう。

 わたしは人形のメカニズムについて尋ねた、「無数のあやつり糸を指につけもせず、どうして手足のひとつひとつや関節を、運動あるいは舞踊のリズムの要求どおりに統治することができるのでしょう?」

 彼は答えた、「舞踊の様々な時点に合わせて、機械操作員が手足のそれぞれを個別に止めたり引いたりしていると想像する必要はありません。」

 「運動はどれも」と彼は言った、「ひとつの重心をもちます。人形の内部にあるこの重心を統治することができれば、それで十分です。手足は振り子にすぎません。それ以上なにを付け加えなくとも、機械的に、おのずから、つき従って動きます。」


<メモ>

・「聞き取る」=vernehmen=尋問する、審問する、聴取する → Vernunft=理性

・「事情」=Umstand=情状

・理性が「尋問(審問)する能力」を意味するなら、理性(認識)の批判は裁判に関係した形態をとるとき真に批判的でありうるのかもしれない。「人形劇について」は一種の「尋問劇」「裁判劇」なのか。

・人形「たち」が踊る → はじめから個人でなく集合が問題になっている。

2010年12月4日土曜日

クライスト(1)

クライストの手紙

1.概要

 現存する256通のクライストの手紙の半分以上は、1802年春以前、すなわちクライストが文学を始める前に書かれたものである。したがって、1811年に自殺するまでの残りの9年間の、作品を書き始めたクライストについては、非常に限定的な形でしか窺い知ることができない。

 それでもしかし、重要な書簡は数多くある。以下に紹介するのは、クライストが当時の婚約者(のちに婚約は破棄)ヴィルヘルミーネ・フォン・ツェンゲに書き送った書簡の抜粋である。おそらく婚約者への手紙とは思われないであろう。クライストはルソーを読むように勧めるなど、婚約者の「教育」に熱心だった。以下の「思考訓練」は、単に伝記的な価値をもつのみならず、クライストの作品を読むためにも非常に有益なものである。


2.「ヴィルヘルミーネ・フォン・ツェンゲのための思考訓練」
(Denkübungen für Wilhelmine von Zenge, 1800)

<1>

①自分自身でもしてしまう誤りを他人に対して叱責すると、しばしば以下のような反応を耳にする。「君自身がうまくやれてないのに、他人を叱責するのか。」わたしからの問いは以下の通り。ひとは自分がしてしまう誤りを他人に対して叱責してはならないのだろうか。

②「正当化」と「謝罪」の違いは何か。

③夫と妻の両方が、本性に応じてできることを互いのためにし合っているとき、一方が先に死ぬとより多くを失うのはどちらか。

④妻が夫の敬意と信頼を獲得したとしても、興味をかきたてないことがある。妻は何を通じて夫の興味を勝ち取りまた維持することができるか。


<2>

問:「尊敬に値する」妻は、だからといって「興味深い」とは言えない。妻は何を通じて夫の「興味」を獲得し、維持することができるか。


<3>

問:短い間幸せであったのと、一度も幸せでなかったのとでは、どちらがより望ましいか。


<4>

①夫が「暴力という武器」を用いて凶暴な「強者の権利」を妻に対して行使する場合、妻も夫に対して、「弱者の権利」と呼べるような、「柔和という武器」を用いて主張できる権利をもつのではないか。

②人間を互いにより強い信頼の絆で結ぶものは、「美徳」か「弱さ」か。

③妻は夫以外の「誰にも」気に入られてはならないのか。

④「どのような」嫉妬が婚姻の平和を乱すのか。


<5>

問:

①ひとは他人がもつ誤った基本原則を、それがどのようなものでも打破してよいのか、あるいはその基本原則にその人間の平穏が左右されるような場合、その原則が無害なものなら、耐え忍び、尊敬しなければならないのではないか。

②ひとは他人に対して常に断固たる厳しさで義務の履行を要求してよいのか、あるいはその者が常に義務を認識し、それを履行する意志を失ってないだけで満足できないか。

③人間は、正しいことはすべて行為してよいのか、あるいは自分の行為がすべて正しいだけで満足しなければならないのではないか。

④ひとはこの世界で、完全なものを現実につくり出そうと努力してよいのか、あるいは現在あるものをより完全にしていくだけで満足しなければならないのではないか。

⑤善良であることと善良に行為すること、どちらがより善良か。


3.

 「思考訓練」をすること、そのために数多くの「問い」を提出することは、クライストが戯曲でも小説でも雑誌や新聞でも行い続けたことである。

2010年12月3日金曜日

時間科学(1)

1.アルバート・アインシュタイン『相対性理論』(1905年、岩波文庫)

“光を伝える媒質”に対する地球の相対的な速度を確かめようとして、結局は失敗に終ったいくつかの実験をあわせ考えるとき、力学ばかりでなく電気力学においても、絶対静止という概念に対応するような現象はまったく存在しないという推論に到達する。[…]特別な性質を与えられた“絶対静止空間”というようなものは物理学には不要であり、また電磁現象が起きている真空の空間のなかの各点について、それらの点の“絶対静止空間”に対する速度ベクトルがどのようなものかを考えることも無意味なことになる。このような理由から、“光エーテル”という概念を物理学にもちこむ必要のないことが理解されよう。 [14−15頁]

質点の運動を書き表わすには、質点の座標の値を時間の関数として表現すればよい。ここで次のことに注意しなければならない。すなわち“時間”とは何を意味するかが、あらかじめ明確にされているときにはじめて、上に述べたような数学的な表現は、物理学的意味を持つようになるということである。ところで、われわれは判断のうち、そこで時間が役割をになう場合には、そのような判断はすべて、いくつかの出来事が同時刻に起きたか否かに対する判断であるということを念頭におかねばならない。たとえば、私が“あの列車は7時にここに到着する”と言ったとき、それは“私の時計の短針が7時を指すということと、列車の到着とは同時刻に起きる出来事である”ということを意味する。 [16−17頁]

原著者注:同一(あるいはほとんど同一)の場所で起きた二つの事件の間の同時刻という概念の中にひそんでいる不精確さ、そしてこれもまた、抽象化という方法で解決されねばならないものであるが、これについては、ここでは深く議論しないことにする。 [17頁]

同時刻という概念に、絶対的な意味を与えてはならないことがわかる。すなわち、ある座標系から見たとき、二つの事件が同時刻であるとしても、この座標系に対して動いている他の座標系から見れば、それらの事件を互いに同時刻に起きたものと見なすわけにはいかないということがわかる。 [24頁]

物の長さや同時刻という概念は、誰が見ようとも、判断は同一といったような、絶対的なものではなく、観測者によってその判断が変わる。この意味で、これらはいずれも相対的な概念というべきものである。 [解説、131−132頁]

アインシュタインは、地球の絶対速度や、動いている物体の関与する電磁現象に対するいくたの議論や矛盾のすべてが、究極的には、時間と長さの物理学的定義の不完全、あるいは独断に起因するということを見抜いた。そこで彼は、まず時間の定義、同時刻の判断法、長さの測定といったような、まことに初歩的な、しかし実に重要なことを出発点として物理学の再構築に着手した。[…]それは何らの神秘的な仮定なしに、長さの収縮を教えてくれる。このようにして導かれた公式は、形の上では、ローレンツのそれとまったく同じであるが、その根底となった時間、空間に対する描像はまったく別のものである。 [解説、153頁]


2.

 相対性理論と総称される理論の第1論文が“Zur Elektrodynamik bewegter Körper“と題されているのが興味深い。これは邦訳のとおり「動いている物体の電気力学」と解するべきだろうが、敢えて「運動する身体の電気力学」と「誤訳」することも可能だ。「身体」にとって「物理的な長さ」と「時間的な長さ」が相対的であるという理論…。

 「時間の長さ」が相対的であることが理論によっても実験によっても確認されたにもかかわらず、時間はその後も絶対的、単一的、統一的なものであるかのように想像された。その方が精神的にも社会的にも都合のよいことが多かったのだろう。しかし人間の技術と心性はようやく時間の相対性に適応しつつあるのではなかろうか。その象徴が、「タイムライン」と呼ばれる「自分にとってだけの時間の流れ」だ。時間は今後、その相対性をますます明らかにした上で、個々人によって編集されカスタマイズされ続けるだろう。新聞やテレビといったマスメディアは、できるだけ多くの人間が同じ時間を生きていなければ「マス」を対象とした経済活動を継続させられないため、「絶対的時間の演出」を今後も続けるだろうが、その勝負に勝ち目はないだろう。相対性理論が社会に根付くとき、受験戦争、就職活動、記者クラブといった、「横並び=絶対的時間の共有」はその意義を完全に否定されるだろう。


3.

 「同時刻」がひとつの概念であること、そしてそれが相対的であることにも注意が必要だ。複数の「事件」を結びつける概念が「同時刻」である。その現在形を「今」と呼んでもかまわないだろう。アインシュタインは、一つの「座標系」から見れば複数の「事件」が「同時刻」に生じたとしても、「この座標系に対して動いている他の座標系」から見れば「同時刻」に起きたとは言えないことを証明した。それは観測者がどのような「座標系」に位置しているか次第なのである。

 物理学から離れて考えると、この理論は、一つの「事件」を「同一の経験」として「共有」する可能性を著しく損なうと同時に、「多様な経験」として「分裂」させる可能性を開いている。これは翻訳、批評、ジャーナリズムの理論にもつながるものだ。経験の絶対性から、経験の相対性へ。「物自体」としての経験から、多様な機能としての経験へ。そこには生産的な混沌が生まれるだろう。だからこそその混沌をふたたび編集しカスタマイズする能力、技術、プラットフォームが求められるだろう。

2010年12月2日木曜日

時間哲学(1)

1.イマヌエル・カント『純粋理性批判』(1781年、1巻、光文社古典新訳文庫)

時間は内的な感覚能力の形式にほかならないのであり、わたしたちは時間という形式において自己自身と、自己の内的な状態を直観するのである。なぜなら時間は外的な現象のいかなる規定でもありえないからである。時間は[事物の]形態にも、位置などにも属するものではない。そうではなく時間は、さまざまな像がわたしたちの内的な状態において、たがいにどのような関係にあるかを規定するのである。この内的な直観そのものは、どのような形態も作りださないため、この欠陥を補うためにわたしたちは、アナロジーに頼ることになる。そして時間の継起を無限に続く一本の直線のアナロジーで考えようとするのである。 [102頁]

時間はすべての現象一般にそなわるアプリオリな形式的な条件である。空間もまたすべての外的な[事物のための]直観の純粋な形式であるが、[時間とは違って、人間の]外部の現象だけにそなわるアプリオリな条件であるという制限がある。ところで人間が心で思い描く像はすべて、それが外部の物を対象とするかどうかを問わず、すべて人間の心の規定であるために、心の内的な状態に属する。しかし[すでに述べたように]この心の内的な状態というものは、内的な直観の形式的な条件にしたがうものであり、そのため時間[という条件]にしたがうのである。こうして、時間はすべての現象一般にそなわるアプリオリな形式的条件である[と結論することができる]。さらに時間は、(わたしたちの魂の)内的な現象の直接的な条件であり、そのことによって、外的な現象の間接的な条件でもある。 [103-104頁]

わたしがアプリオリに、すべての外的な現象は空間のうちにあり、空間の諸関係によってアプリオリに規定されていると語ることができるならば、同じように内的な感覚能力の原理にしたがって一般的に、すべての現象一般、すなわち感覚能力のすべての対象は時間のうちにあり、必然的に時間との関係のうちにあると語ることができるのである。 [105頁]

わたしたちのすべての直観は、現象についてわたしたちが心に描いた像にほかならない。わたしたちが直観する事物は[現象であって]、わたしたちがそのように直観している事物そのものではない。わたしたちが直観する事物のあいだの関係は、わたしたちにはそのようなものとして現れるとしても、[事物において存在している]関係そのものではない。[…]対象そのものがどのようなものであるか、またそれがわたしたちの感性のこれらのすべての受容性と切り離された場合にどのような状態でありうるかについては、わたしたちはまったく知るところがない。わたしたちが知っているのは、わたしたちにそなわった対象を知覚する方法だけであり、これはわたしたち人間に固有のものである。 [117-118頁]

空間と時間は、わたしたちが[対象を]知覚するためのこうした方法の純粋な〈形式〉であり、感覚一般がその〈素材〉である。わたしたちは空間と時間だけはアプリオリに、すなわちすべての現実の知覚に先立って認識することができるのであり、そのために空間と時間は純粋な直観と呼ばれる。しかし感覚一般はわたしたちの認識のうちに存在するものであり、アポステリオリな認識、すなわち経験的な直観と呼ばれるものを作りだす。 [119頁]


2.

 空間は人間の外部、時間は人間の内部において、現象の形式的な条件である。事物のイメージを抱き、現象を把握するために必要なアプリオリな形式が、空間と時間である。人間にはこうした形式を通じての経験しか可能でないため、「物自体」は認識不可能であるとされる。

 時間が「自己自身と自己の内的な状態」を直観する形式であるというのが興味深い。時間と自己、時間と意識の関係。「自己」を直観するためには時間という形式が不可欠であるということ。木村敏『時間と自己』と『自己・あいだ・時間』を読みたい。

2010年12月1日水曜日

社会理論(1)

1.ジャン・ボードリヤール『シミュラークルとシミュレーション』(1981年、法政大学出版局)

決して実在と交換せず、自己と交換するしかない、しかも、どこにも照合するものも、周辺もないエンドレス回路の中で。[…]これが表象と対立するシミュレーションだ。表象とは記号と実在が等価であることに由来する(たとえこの等価がユートピア的であろうと、これこそ根本的な自明の理だ)。シミュレーションは逆に、等価原則のユートピアに由来する、価値としての記号をラジカルに否定することに由来し、あらゆる照合の逆転と死を宣告するものとしての記号に由来するのだ。そこで表象はシミュレーションを、誤ったシミュレーションに解釈することでシミュレーションを吸収しようとし、シミュレーションは、あらゆる表象自身の体系全体を、シミュラークルとしてつつみ込むのだ。 [8頁]

ディズニーランドとは、《実在する》国、《実在する》アメリカすべてが、ディズニーランドなんだということを隠すために、そこにあるのだ(それはまさに平凡で言いふるされたことだが、社会体こそ束縛だ、ということを隠すために監獄がある、というのと少々似ている)。ディズニーランドは、それ以外の場こそすべて実在だと思わせるために空想として設置された。にもかかわらずロサンゼルス全体と、それを取り囲むアメリカは、もはや実在ではなく、ハイパーリアルとシミュレーションの段階にある。問題は、現実(イデオロギー)を誤って表現したというよりも、実在がもはや実在でなくなったことを隠す、つまり現実原則を救おうとすることにある。 [17−18頁]

空想が実在を証明し、違反が法を証明し、ストライキが労働を証明し、危機が体制の証しとなり、革命が資本の証しであり、[…]数えればきりがないが、
反−演劇が演劇を証明し、
反−芸術が芸術を証明し、
反−教育が教育を証明し、
反−精神分析が精神分析を証明する、など。[…]あらゆることが好ましいとされる姿で生きながらえるためには、対立用語に変容するのだ。あらゆる権力、あらゆる組織は死のシミュレーションを使って現実的苦悩からのがれようとして自己を否定的に語る。権力が自己の存在と正当性にわずかな光明を見い出すためには、自己殺害を演出することさえあり得る。 [26−27頁]

ハイパーマーケットで問題になるのは、それが根本的に別種の労働だということだ。それは文化変容、比較対象、テスト、コード化、そして社会判断などに関わる労働だ。つまり人々はそこにやって来て、思いつく限りの質問に答える物を探し出し、選択する。というよりむしろ人々は物を成り立たせている機能的で管理された質問に対応する答えとして自らやってくるのだ。物はもはや商品ではない。というのは、物は人が解読したり、その意味やメッセージを手中に収めてきたような記号そのものでもなく、それらはテストであり、物こそわれわれに問いかけ、われわれはその問いに答えるように義務付けられ、その答えは問いの中にある。あらゆるメディアのメッセージはこれとよく似た働きをしている。つまりメッセージは情報でも、コミュニケーションでもなく、意見調査や絶えざるテスト、循環する答え、コードの確認だ。 [97−98頁]

《カタストロフ》という言葉には《カタストロフィック》という意味、すなわちシステムがわれわれに強要する蓄積とか、生産性を目標にするような、線状的視野でとらえた終局とか全滅という意味がないことを確認しなければならない。その言葉の語源は曲線を意味するだけだ。それは《事件の消失線》と名づけてもいい場に誘導し、超えられない意味の消失線に誘導する下降螺旋のことだ。つまりその向こう側ではわれわれにとって意味あることは何も起こらない――だからこそ、期限ギリギリに、虚無的に、二度とカタストロフを起こさないためには意味の最後通告から逃れさえすればいい。今われわれが想像するカタストロフとは、こんなものだ。[…]意味の向こう側には、魅惑がある。それは意味の中立化と内破から生まれる。社会体の消失線の向こう側には大衆がある、それは社会体の中立化と内破から生まれる。[…]今重要なことはこの二重の挑戦を評価することだ。 [109頁]


2.

 カタストロフとは、「意味」に落ちて行くことである。「世界」や「人生」や「政治」や「経済」や「芸術」等々の大きなものに究極的な「意味」を求めることはやめていい。法律や哲学や宗教はこれからもそれらを必要とするかもしれないが、毎日の生活に必要なのはもっと個別具体的なものごとだからだ。個人的に見過ごせないものごとを、自分なりに合理的にカスタマイズし、変化させ、その変化自体を愉しむこと。

 「合理性」の理論の再構築が必要だ。「時間」の理論を含んだ「合理性」の理論の再構築が。ハイパーマーケットとシミュラークルの消費生活における「合理性」の理論。楽しい「合理性」の理論。

 また、個々人の「合理性」と「全体」の関係の説明が必要だ。それは、合理的な個々人はもはや「個々人」という単位では考えないはずだ、ということからスタートする。

2010年11月30日火曜日

クライスト(9)

悲劇『シュロッフェンシュタイン一族』(Die Familie Schroffenstein, 1803)

1.あらすじ

シュロッフェンシュタイン一族には二つの分家がある。ロシッツ家とヴァルヴァント家である。両家は「誰が始めたかわからない」奇妙な遺産相続契約を結んでいる。すなわち、片方の分家の血筋が絶えた場合には、その全財産を他方の分家が相続するのである。この契約が両家を疑心暗鬼にさせている。相互不信はやがて悲劇につながる。ロシッツ家の息子オトカールとヴァルヴァント家の娘アグネスが愛し合うようになり、両家の和解の可能性が見えたにもかかわらず、誤解、伝聞、不安、怒りがその成就を妨げ、オトカールとアグネスは、誤ってそれぞれ自分の父親に刺し殺されてしまうのである。


2.メモ

2.1 重要

・クライストのデビュー作であると同時に、クライストとしては例外的に「モデル」をもたない作品(「ロミオとジュリエット」に似た要素はもつが、Handbuchによれば直接の影響関係はないという)。したがって、この戯曲に現れている要素はクライストの問題意識を明確に反映していると(他の作品にもまして)考えてよいだろう。

・作品がコロスから始まっている。しかも「少年少女」のコロスにいきなり復讐を誓わせる合唱をさせている。

・遺産相続契約から全てが始まっている。誰が始めたかわからないその契約は、「堕罪におけるリンゴ」のようなものと喩えられている。近代の堕罪は「文書」によってなされるのか? あるいは、古代の悲劇が「運命」によって引き起こされたとするなら、近代の悲劇は誰が書いたかわからない「文書」によって生じるのだろうか。また、「遺産」がすなわち「土地」であること。土地をめぐる争いは『ケートヒェン』におけるクニグンデを想起させる。さらに土地=大地の相続が「秩序」と深く関わること。「チリの地震」の問題設定。

・作品冒頭からFehdeやKriegという言葉、さらに病、気絶、発作というクライストに典型的な出来事、Rechtgefuehlという問いなどがあらわれている。のちには鏡のシーン(水に映る自己)さえある。

・そもそもタイトルからして「家族」をテーマにしている。のちの作品にも繰り返し現れる問題。重要なのは、このFamilieが「家族」というよりも「一族」を意味しており、婚姻や養子縁組といったのちの作品における「家族」のあらわれ方よりも「血縁」の匂いが濃いことだろう。この処女作で「血族の崩壊」を描き、のちの作品ではそれ以後としての核家族や非血縁的家族を描いたと考えることもできるかもしれない。Familieは語源的には「集団」というくらいらしいが、もっと調べる価値あり。

・この作品もまた裁判劇である。さまざまな謎と秘密を明らかにしていく裁判劇であると同時に、いわばロシッツ家が原告、ヴァルヴァント家が被告の、当事者しかいない裁判。ルーペルトははっきりと「原告を被告にした」と台詞で言っている。第三者の審級がない、当事者だけの裁判こそ演劇の起源であるとしたのがベンヤミンだった。他方、キリスト教世界の裁判劇は、「有罪/無罪(Schuld/Unschuld)」を法的のみならず道徳的、宗教的にも捉えるため、裁判劇が同時に宗教劇、道徳劇になる。この二重性、三重性に留意せよ。

・信頼と不信(Vertrauen / Misstrauen)。開く/隠す。アグネスがオトカールを信頼したのは、同じ水を飲み、それが毒だったら一緒に死ぬことを示したからだった。行動によって信頼や愛は勝ち取られる。

・クライストにおける「気絶する(in Ohnmacht fallen)」こと。OhnmachtとはMacht(力、権力)がない(ohne)状態。このohnはfortやwegを意味するそうなので、「力から離れて」と考えられるか。すると「in Ohnmacht fallen」は「力から離れた状態へと落ちる」ことである。これが「気絶」。「力から離れた」状態でしか知らないこと、できない行為がある、というのがクライストの作品。もちろんメスマーの理論なども影響しているのだろう。

・人間と自然の重なりあい。クライストは重要な場面で必ず人間を自然の比喩で語る。民衆を大河や波と喩えたり、怒りに満ちた人間を雷を落とす雲に喩えたりする。その一つの根拠が『シュロッフェンシュタイン』では示されていた。すなわち、「自然(Natur)」と人間の「本性(Natur)」は同じ言葉なのである。したがって本性を示している人間を自然の比喩で語るのはごく自然なことなのだ。枯れた木は強風が吹いても倒れないが、強く健康な木は逆に倒れてしまうという有名な言葉もその一つ。また、『シュロッフェンシュタイン』においては、Stammという語が「家系」と「木の幹」を同時に意味することも重要。

・オトカールとヨハン。母親は別とはいえ、クライストにおいて兄弟が出てくるのはこの作品だけなので重要。アグネスを巡って対立するだけでない。ヨハンは注目すべき人物。「アグネスに殺されたい」という死の欲望を抱き、それに失敗すると発狂して道化と化す。「ヘルマン」における魔女のようである。しかも盲目のジルビウスを伴ってあらわれ、ある意味で「真実」を告げる。道化と盲者、すなわちシェイクスピアとソフォクレス! しかしそれは預言というよりも、結末における確認である。もっとも重要な台詞は、Versehen? Ein Versehen? Schade! Schade! である。そのグロテスクさ!

・fallenが「死ぬ」をも意味すること。一度死ぬこととしてのfallenを経由して、変化が起きる。他方で、キリスト教の洗礼を意味するTaufe、すなわち名付けの儀式ももともとは「水に深く潜ること(tief ins Wasser ein- oder untertaufen)」を意味している。キリスト教文化における「落ちること」「潜ること」の射程と意味とは?

・すでに「民衆(Volk)」が重要な要素としてあらわれている。ロシッツ家からの使者をヴァルヴァントの民衆が「石」を投げて殺してしまう。逆にヴァルヴァント家の意向を伝えにきたイェロニムスは民衆の「棍棒」で殴り殺される。石も棍棒も「チリの地震」に登場し、やはり民衆が使う武器である。ジルベスターが民衆について言う台詞「非行も行う精神も何かの役には立つ。もっと役立たせよう、利用しよう」は重要。

・結局、すべての根本原因であるような「悪」は存在しないということ。何らかのきっかけで誤解や不信が始まり、それがほとんど自動的に大きくなってしまう。ゲルトルーデの台詞はそうしたシステムにおいてしか語られえない、すなわち、Drehen freilich / laßt alles sich.ということ。原因の思考(ゲルトルーデ)と結果の思考(ジルベスター)が対立するが、結局はどちらも等価で決定と選択の問題でしかない。なぜなら特定の「内容」や「伝統」をひとびとはもはや共通了解としておらず、「言葉」あるいは「論理」そのものが問題となっているだからだ。個々人の考えや思いは一般化できない。何を言おうとも、常に「逆もまた然り」と反論されてしまう。他方で、自分で自分の論理システムを閉じてしまったルーペルトのような人物には何を言っても無駄になる。そのような時代の「論理劇」としての悲劇をクライストは書くのである。この点で重要な人物はルーペルトだ。彼の不安定さ、怒りと不安、復讐の確信と突然の自信喪失、彼こそクライストの時代の人物だ。一貫性のなさ、一貫性の不可能性が「もうひとつの演劇」の可能性だったのだ。共通了解がなく、一貫性が不可能だからこそ、クライストの人物たちは作中でいとも簡単に変化する。ジルベスターも最後は復讐に赴く。一貫した「善」などではない。理想化された、あるいは心理的に典型化された「性格」ではない。なぜならそんな「性格」として生きることは現実に不可能だったからである。こうしたことがいわゆる「カント危機」とどれだけ関係しているかはまだわからない。なぜなら、カントが問題にしていたのは究極的な意味での「物自体」の認識、人間の認識能力の限界であって、言語と「真実」の関係とは必ずしもいえないからである。

2.2 その他

・クライストにおける「抱きつく(um den Hals fallen=首のまわりに落ちていく)」こと。「チリ」のエルヴィーレなど。

・「死んだら誰も罪人ではない」というジルベスターの言葉。

・谷で見つけたアグネスを「マリア」と名付けたオトカール → 「チリの地震」

・有名な台詞:Das Leben ist viel wert, wenn mans verachtet.


3.今後

・クライストは裁判劇であると言うだけでは仕方がないので、いよいよもう一歩。

2010年11月29日月曜日

時間・歴史・演劇(9)

1.ベルトルト・ブレヒト「感情同化について」(『ブレヒト演劇論集1』、河出書房新社)

君らはけっして農民から、農民であることを
地主から、地主であることを剥ぎとって
しまってはいけない。そうなればかれらは
君や私と同じ、人間そのものになり、君も私も
かれらの感情に参加できるようになろう。
君と私だって同じではない。農民であるか
地主であるかすることで、はじめて人間になるのだ。
だのにどうして感情を分けあえるなどと言えるのだ。
農民は農民のままにしておきたまえ、俳優さん
そして君は俳優のままでいたまえ! そして農民を
他のあらゆる農民とは違ったままにしておきたまえ。
地主だって、他のあらゆる地主とは相当に違っているのだ。


2.ベルトルト・ブレヒト「精神の不在」(『ブレヒト演劇論集1』、河出書房新社)

こうして私の精神は不在になり、なすべきことを
そらでやってのける。私の理性が
そのあいだを、整理してまわる。


3.ヴァルター・ベンヤミン「ベルト・ブレヒト」(『ベンヤミンコレクション1』、ちくま学芸文庫)

この反社会的な存在、ならず者を、潜在的な革命家として描くこと、これこそブレヒトがたえず目指しているところなのだ。そこには、このタイプに通じるものをブレヒト自身がもっていることだけではなく、理論的な契機もひと役買っている。マルクスがいわば革命を、まったく異質のもの――つまり資本主義――の内部から出現せしめるという問題を、それに対する倫理感への要求を完全に抜きにして提起したとすれば、同じ問題をブレヒトは人間的な領域に移しかえる。彼は悪しき利己的なタイプから、完全に倫理感抜きに、革命家を出現させようとする。 [530頁]

造り直しということ――ブレヒトがそれを文学の形式として告知するのを、私たちはすでに聞いた。書かれたものは彼にとって作品ではなく、装置であり、道具である。書かれたものは、高次のものであればあるほど、それだけいっそう変形、解体、転換のできるものになる。偉大な規範的文学、とりわけ中国文学を考察して、そこから彼は、書かれたものに対してそこでなされる最高の要求は引用可能性である、ということを学んだ。暗示的に言っておけば、剽窃の理論――これを聞けば駄洒落屋などたちまち息絶えだえになるだろう――はこの点にこそ基づいている。 [532頁]


4.ヴァルター・ベンヤミン「叙事演劇とは何か」(『ベンヤミンコレクション1』、ちくま学芸文庫)

この演劇が時間の流れに関係する、そのあり方は、悲劇の場合とまったく異なっている。緊張の照準は結末部分よりも、個々の場面でのそれぞれの出来事に合わされているので、この演劇の上演はきわめて長い時間にわたることが可能である。 [539頁]

ブレヒトの考えるところでは、叙事演劇は筋を展開させるよりも、状況を表現しなければならない。だが、ここに言う表現とは、自然主義の理論家たちがいう意味での再現のことではない。むしろ、なによりも重要なのは、まずもって状況を発見することなのだ。(状況を異化すること、と言ってもよいであろう。)状況のこの発見(異化)は、出来事の流れを中断することによってなされる。 [542-543頁]


5.ヴァルター・ベンヤミン「生産者としての作家」(『ベンヤミン著作集9』、晶文社)

作家の仕事は、決して制作品にかかわる仕事であるだけでなく、つねに同時に生産の手段にかかわる仕事でもあるのだ。いいかえれば、かれの制作品は、作品という性格とならんで、あるいはその性格をそなえるまえに、組織化の機能をそなえなければならない。そして、作品を組織化に役立てるということを、決してプロパガンダに役だてるということに限定すべきではない。傾向だけではダメなのだ。[…]まず自分以外の生産者に生産のための支持をあたえ、つぎによりよい装置をかれらの自由にまかせられるようにする生産モデルとしての性格が、決定的に重要になる。しかもこの装置が、消費者をますます多く生産の側にひきよせること――手みじかにいえば、読者あるいは観客から共同制作者をつくりだすこと――ができるようになれば、それだけその装置はより有効なものとなる。 [182頁]

「音楽家や作家や批評家のあいだを支配している自身の状況についてのこの無知は」と、ブレヒトはいっている、「とほうもない結果を生みだしているのに、これはあまりにも過小評価されている。なぜなら、現実には自分の方がその機構に所有されているのに、自分がそれを所有していると思いこむことによって、自分たちがもはやコントロールしえない機構を擁護しているからである。しかもその機構は、かれが信じこんでいるのとはうらはらに、もはや生産者のための手段ではなく、生産者に敵対する手段と化している。」 [183頁]

知的生産手段を社会化するという要求を、知識人は有効にはたすことができるであろうか? かれは、生産過程そのもののなかで、頭脳労働者を組織化する方法を発見するだろうか? ロマンやドラマや詩の機能を転換するためのプランをもつだろうか? 作家がこの課題にこたえる活動を完遂する能力をそなえればそなえるほど、それだけ作家の傾向も正しいものとなり、それにつれて作家の仕事の技術的な質も必然的にたかめられるのである。そして他方、生産過程における自分の立場をめぐる事情について正確に知れば知るほど、「精神的人間」などと自称する考えからは、ますます遠のいていくだろう。ファシズムのふりまくことばとしてはっきりきこえてくる精神という名称は、消えなければならぬ。そして、自己の神通力をあてにしてファシズムに反対するような精神などは、消えてしまうだろう。 [189頁]


6.ルイ・アルチュセール「ベルトラッチとブレヒト」(『マルクスのために』、平凡社ライブラリー)

同一化という古典主義的な形式は、観客を「主役」の運命から離れられぬようにし、彼らのあらゆる感情の働きを演劇によるカタルシスでつつんでしまっていたが、ブレヒトはこの同一化の古典主義的な形式と縁を切ろうとした。 [253頁]

古典劇においては、すべてが単純なすがたをとることができた。すなわち、主役の時間性が唯一の時間性だったし、他のすべては主役に従属していた。主役の敵対者でさえも主役にあわせられていたし、敵対者が主役の敵対者であるためには、その必要があったのである。彼らは主役自身の時間、主役自身のリズムを生き、主役に依存し、その付属物にすぎなかった。敵対者はまさしく主役の敵対者だった。すなわち、争いにおいて敵対者は、自分自身が自己に属すると同様に主役に属していた。主役の複製、その反映、その対立物、その暗闇、その誘惑、主役自身に逆らう主役の無意識だった。じっさい、主役の運命こそは、ヘーゲルが記したように、敵の意識であると同じく自己の意識だった。その結果、争いの内容は主役の自己意識と同一だった。で、ごく自然に観客は、主役、すなわち主役自身の時間、主役自身の意識、――観客にしめされる唯一の時間や唯一の意識と「同一化」することによって、その戯曲を「生きている」ように思われた。ベルトラッチーの戯曲やブレヒトの大作においては、その構造の分裂という理由そのものによって、上述のような混乱は存在しえないのである。 [255-256頁]

ブレヒトは正しかった。つまり、演劇というものが、自己のあの不動の認知-非認知にかんする、「弁証法的」でさえある注釈である、ということ以外の目的をもたないとすると、――あらかじめ観客は音楽を知っていることになる。それは観客の音楽なのだから。反対に演劇があのおかすことのできぬ姿をゆり動かすこと、人をまどわす意識という空想的世界のあの不動の領域たる動かざるものを動かすことを目的とする場合、戯曲はまさしく観客における新しい意識の形成と生産、――あらゆる意識と同様に未完成ではあるけれども、あの未完成そのもの、あの距離の制服、あの無尽蔵の現実的な批評行為によって動かされる、意識の形成と生産なのである。しかも戯曲はまさしく新しい観客、つまり芝居がおわるとき演じはじめ、芝居を完成させるためにのみ――ただし実人生においてだが――演じはじめる俳優をつくりだすものなのである。 [261-262頁]


7.ハイナー・ミュラー「ドイツ 所在不明」(『悪こそは未来』、こうち書房)

ブレヒトの『ファッツァー』断章に含まれる、次のなにやら不可思議な言葉は、わたしの頭に取り憑いたまま離れようとしません――かつて幽霊は過去から立ち現われたが/いまそれは未来からもやって来る。 [138頁]


8.ヴァルター・ベンヤミン「ブレヒトとの対話」(「ベンヤミン著作集9」、晶文社)

ブレヒトはいった、「あいつは気狂いだったと取沙汰されるのは、自分でもよく判っているよ。この現在の時が後々にまで伝えられて行くなら、ぼくの狂気に対する理解も一緒に伝えられて行くだろう。時代が狂気の背景となるだろう。しかし、ほんとうにぼくが願っているのは、いつか、あいつは中くらいの気狂いだった、といわれることなのだ」 [216頁]

ブレヒトの箴言の一つ。「よき古きものにではなく、悪しき新しきものに結びつくこと」 [218頁]