2010年12月22日水曜日

社会理論(4)

1.クリストファー・アレグザンダー『パタン・ランゲージ』(1977年、鹿島出版会)

このランゲージの成分は、パタンと呼ばれる実体であり、一つ一つが独立した存在である。各パタンが、私たちの環境に繰り返し発生する問題を提起し、その問題にたいして、二度と同じ結果が生まれないよう、解答の要点だけを明示している。 [ⅳ頁]

パタンには序列がある。地域や町などの大パタンで始まり、近隣、建物群、個々の建物、部屋、アルコーブなどを経て、最後に施工細部の小パタンで終っている。[原文改行]この序列は、直列的なつながりで示されているが、これがないと、パタン・ランゲージはうまく機能しないのである。[…]このつながりで重要なのは、それがパタン相互の関連性にもとづいていることである。各パタンは、ランゲージの上位にある特定の「より大きな」パタン、および下位にある特定の「より小さな」パタンと結びついている。一つのパタンは、「上位」にある大きなパタンの完成を助け、また自らは、「下位」にある小さなパタンの助けを借りて完成するのである。 [ⅴ頁]

要するに、どのパタンも孤立した実体ではない。他のパタンの支持なくしては、個々のパタンはこの世に存在できないのである。上位のパタンにはめ込まれ、同位のパタンに囲まれ、下位のパタンを組み込んで存在するのである。[原文改行]これは、基本的な一つの世界像である。つまり、何かを造ろうとすれば、それだけを単独に扱わずに、その内外の世界も同時に修復せねばならぬということである。そうすれば、周囲の世界の一貫性と全体性が一段と強まり、造られた物が自然の網目のなかで、しだいに正しい位置を占めるようになるのである。 [ⅵ頁]

『The Timeless Way of Building』で述べたのは、生き生きとしてまとまりのある社会には、独自で固有の明確なパタン・ランゲージがあり、しかも社会のすべての個人が、部分的に共有するとしても、全体としては自分の気持に合わせた、独自のランゲージをもつであろうということである。この意味で、健全な社会には、たとえ共有され、類似していても、人間の数だけパタン・ランゲージが存在するであろう。[…]私たちが本書を出版するのは、人びとが社会全体に係わっていく過程で、本書を糸口にして、自分自身のパタン・ランゲージを自覚し、改良していくことを願うからである。[…]現在の環境言語はあまりに粗暴で、断片的にすぎ、もはや大部分の人びとは環境を語るランゲージを持ち合わせていないのである――しかも、現在のランゲージには人間や自然にたいする思いやりが欠落しているのである。[原文改行]私たちが、何年もかけてこのランゲージの体系化を試みたのは、利用者がランゲージの威力に心を動かされ、それを使う喜びを知り、生命のある環境言語を用いる意義が再認識されることを願うからである。この体系化が多少とも成功していれば、本書を糸口にして、人びとが自分自身のランゲージの構築や発展に再出発できるのである。 [ⅷ頁]

2.

 自分(たち)で言語をつくっていくということ。共同体と言語と時間。言語と時間の結びつきが重要。

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