2011年7月2日土曜日

[論文A1]秩序論1

Kleist/Ordnungen

0.

 演劇の機能とはなにか。Hans-Thies Lehmannはかつてアンティゴネ論でこの問いに一つの答えを示した。“Erschütterte Ordnung – Das Modell Antigone“、論文の名が宣言するように、Ordnungをerschütternすることがソフォクレスの『アンティゴネ』の歴史的機能だった。前者は通常「秩序」、後者は「揺さぶる」と訳される。アンティゴネはポリスの秩序(Ordnung der Polis)、すなわち政治的なもの(Das Politische)を揺さぶる。

芸術、演劇は、言葉によって、政治的なものをその境界で中断させる。しかも政治的なものをある種の否定によって抹消するわけではない。[…]演劇は秩序を崩壊させると同時に崩壊させない。演劇は秩序を「濁った」ものとして、揺らぐものとして見せる。[…]秩序が揺さぶられる、とは、秩序が揺らぐものとして知られるということ、あるいはむしろ、揺らぐもの、揺さぶるべきものとして経験されるということである。[掲載書34頁]

しかし「演劇が秩序を揺さぶる」というこの経験自体、ギリシャにおいては秩序の一部だった。確認するまでもなく、古代ギリシャにおいて演劇は国家の祭事であり、ソフォクレスはアテネの将軍だった。ギリシャの秩序は、演劇という自分自身を揺さぶる経験をビルトインしていた。レーマンがそのことに敢えて触れないのは、現代ドイツで演劇が公的なものとして、やはり秩序の一部に組み込まれているからか。それとも秩序の内外いずれからでも、演劇は秩序を揺さぶりうると考えるからか。いずれにせよ、演劇の主要な機能を「秩序を揺さぶる」ということに認めるとしても、社会における演劇の地位が異なれば、それがギリシャとは異なる形態であらわれざるを得ないことは容易に想像される。

 ところでレーマンは、件のアンティゴネ論とは別のテクストにおいて、演劇と秩序の関係にある別の系譜を認め、その上である意味では『アンティゴネ』の延長線上に19世紀初頭に生きたさる人物の作品を位置づけている。

アリストテレス的な伝統を以下のように読まねばならないとすれば、すなわち、美的なもの、とりわけドラマとは、現実の混沌に秩序をもたらすものだ(美的なものはロゴスのアナロジーである)とすれば、クライストに関しては、ドラマ的なプロセスが逆にあらゆる秩序の中に潜む支配不可能なもの、偶然性[…]を展開している、と言える。[同161頁]

ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811)は、事実、秩序に対して極めて懐疑的な考えを抱いていた。軍人の家系に生まれ、実際に軍隊を経験し、のちにはプロイセンの官僚として務めたこともあるにもかかわらず、あるいはそれゆえに、だった。

ドイツの自由は、今やすでに自らの墓を見つけてしまいました。[…]秩序正しいordentlichのが今日の世界です。しかしそれはいまだに美しい世界でしょうか? 求めてやまぬ心をもつ者たちは哀れです! 美しいことや偉大なことをしたいと思っても、誰も彼らを必要としません。今や全てが彼らとは無関係に生じます。なぜなら、秩序Ordnungが発明されて以来、あらゆる高徳の行いは不要になってしまったからです。貧者が施しを求めてきても、警察の布告の命ずるままに、彼を職業斡旋所に引き渡さなければなりません。火事の家の窓から老人が助けを求めて叫ぶのを見て、短気な男が駆けつけようとすると、入口に立つ見張り番に止められ、適切な処置はすでにとってあると言われるのです。どこかの青年が祖国を脅かす敵に対して勇敢に武器を取ろうとしても、王は国家を守る軍隊を金で雇っているのだと諭されます。[強調は原文、An Adolphine von Werdeck, DKV4, 279]

 そもそも秩序Ordnungとはなにか。また演劇が秩序と深い関係にあるというレーマンの視点に同意し、クライストがその点で特異な作家であるとするならば、彼の作品においてそれは具体的にどのように現れるのか。クライストは自分の作品と秩序の関係をどのように思考し、実践したのか。

 結論の一つを先取りすると、レーマンのようにクライストの作品の中に演劇と秩序の特異な関係を見出すだけでは、わたしたちは満足しない。クライストの演劇は国家の祭事として上演されるようなものではなかったし、クライストはそのことに自覚的だった。ただ作品を書くだけでは無に等しいことを自覚していた。彼は秩序を揺さぶる作品をつくるだけでなく、秩序を揺さぶる作品が、現実に秩序を揺さぶるための環境、すなわちメディアを自分で準備しようとした。そこにこそクライストと秩序の特別な関係があった。わたしたちは以下でそのプロセスを検証する。

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