2011年8月4日木曜日

8/4 保守をめぐって

 実際の日時に関係なく投稿するたびに日付を進めることにする。

 最近自分が保守化している。そういう面がある。

 やっぱり倫理とか大事だし、「家」の機能って必要なのかもと思ったりする。

 芸術に関しても保守的で、

 「作品」の魅力や色気が現在のためにも未来のためにも重要に思えてきた。

 無駄、時代遅れ、前近代的、封建的、

 いろいろな言葉で否定されたもののなかには、

 この国、あるいはこの言葉が時間と空間を通過する中で

 凝縮されてきた知恵が詰まっていたのかもしれない。

 おそろしく月並みな結論だが、

 今を見るために、先を考えるために、当然のように歴史を学びたい。

8/3 時間に追いつく

 日付に追いつくためにもう一度投稿しておく。

8/2 時間がずれた

 さきほど投稿した記事を「8/1」としていた。

 なぜか今日が8月1日だと思い込んでいた。すでに4日だった。

 日曜日からようやく誰とも会わずに翻訳に専念できている。

 今日(水曜)はいよいよ調子が上がってきた。

 翻訳に集中するといろいろな感覚が変わる。時間もてきとうだ。

 というわけでこの投稿も昨日のこととしておく。

8/1 翻訳をした

 午前中からずっと翻訳。今回の翻訳もなかなか手ごわい。

 合間にチャンドラー・村上春樹訳『さよなら、愛しい女』を読み終える。

 翻訳をしているとなぜか無性にお腹が空くので、何度もいろんなものを食べる。

 炭水化物は少なめにしないと寝てしまう。

 あらたの頭がでかくて、帽子が似合わない。相変わらず手足をよく動かす。