2010年10月20日水曜日

「チリの地震」(7)

ハインリヒ・フォン・クライストによる物語「チリの地震」(7)
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 ただドニャ・エリーザベトだけは、友人に昨日の朝のあの演劇に招かれ、しかしその招待を受けなかったが、ときおり夢見るような視線をホセファのうえにとめていた。だがまた何か新たに恐ろしい不幸が報告されたので、現在からほとんど逃れてなかった彼女の魂は、すぐまた現在へ引き戻された。


 ひとが物語るところによればこうだった。町は最初の大揺れの直後、女たちでいっぱいでした、男たちの眼前で子を産み落とす女たちで。修道僧たちはそんな中、キリスト像を手に走りまわり、叫んでいました、世界の終わりが到来した! 副王の命令に従い、番兵がある教会を明け渡すよう求めると、こう答えが返ってきました、チリの副王などもういない! 副王はこうした恐ろしい瞬間には絞首台を建てさせ、略奪に歯止めをかけなければならなかったのですが。ある無実の男は、一軒の燃え盛る家を走り抜けて助かりましたが、その所有者の早合点で捕えられ、すぐに首を吊るし上げられたのです。


 ドニャ・エルヴィーレは、彼女の怪我をホセファが世話していたのだが、まさに物語がもっとも活き活きと交差した瞬間に、機をとらえ、ホセファに訊ねた、この恐ろしい日にあなたのほうはいかがでしたか。ホセファが彼女に、締め付けられるような心で、いくつか主要なところを述べると、この夫人の目に涙が溢れるのを見て、ホセファは嬉しかった。ドニャ・エルヴィーレは彼女の手を掴み、握り締め、わからせた、もう黙っていいと。


 ホセファは聖人たちに囲まれているような気がした。抑えられない感情が、流れ去ったこの日を、どれだけの悲惨を世界にもたらしたにせよ、救いと名付けた、天がこれまで彼女にもたらしたことのなかったほどの救いと。そして実際、この恐ろしい瞬間に、人間たちの現世の財産はすべて地に落ち、自然は埋め尽くされそうだったが、人間精神そのものは、まるで美しい花のように咲き上がるかと思われたのである。野を見渡すと、あらゆる階級の人間が混ざり合って横になっていた、領主と乞食、貴婦人と農婦、官吏と日雇、修道士と修道女。互いに同情し合い、相互に助け合い、自分の命をつなぐために救いだしたものを喜んで分け合い、まるで共通の不幸が、それを免れたすべてを、ひとつの家族にしたかのようだった。


 これまでの世界は、お茶会の無内容な雑談の素材を寄こしたものだが、そうではなく、ひとは今や途方もない行為の実例を物語った。これまで社会であまり尊敬されなかった人間が、ローマ人のような偉大さを示した。山のような実例が、恐れなさ、嬉々とした危険の軽視、自己否定、神々しいまでの自己犠牲、そして無価値な財さながら、もう一歩歩けばまた見つかるもののように、躊躇なく命を投げ出す行為を伝えた。


 それどころか、この日その身に心動かされることが起こらなかった者、もしくは自ら高潔なことを行わなかった者は一人もいなかったので、各人の胸中の苦痛は甘い快楽と混じり合い、ひとびとは胸の内では、全体としての幸福の総和は、一方で減ったのと同じだけ他方で増したと言えなくはないと思ったのである。

 ヘロニモはホセファの、二人がこうした考察を黙ったままでし疲れたあと、手をとり、彼女を、口にできない明るい気持ちで、柘榴の森の葉陰の中を、上へ下へと連れ歩いた。彼は彼女に言った、ぼくは、ひとびとの心がこんな様子で、またあらゆる関係は転倒したから、ヨーロッパに渡るという決意を放棄する。ぼくは、副王の前に、ぼくのことでは常に好意的に振る舞ってくださったから、もしご存命であれば、跪く。希望はある(ここで彼は彼女にキスをした)、きみと一緒にチリに残りたい。ホセファは答えた、似たような考えがわたしにものぼってきていた。わたしももう、父が生きていれば和解できることを疑わない。でもわたしは、跪くよりもラ・コンセプシオンに行き、そこから書面で副王と和解手続きをとることを勧めたい。そうすればどんな場合になっても港の近くにいられるし、最善の場合、つまり手続きが望み通り転回したら、すぐサンチャゴに戻って来られるのだから。しばし熟考したのち、ヘロニモはこの方針の賢明さに喝采を与えた。そして彼女を連れてまた少し、明るい未来の時間の上を飛び回りつつ、小道をうろつき、そして彼女とともに集まりへ戻った。

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