ハインリヒ・フォン・クライストによる物語「チリの地震」(2)
ヘロニモ・ルヘラは、恐ろしくてからだが固まった。そして意識が砕かれたかのように、今度は柱にしがみついた、そこで死のうとしていた柱に、倒れないように。
大地が足下で揺れた、牢獄の壁が全て裂けた、建物が傾いた、通りのほうへと倒れた、そのゆっくりとした倒壊に、反対側の建物の倒壊が出会い、偶然のアーチをつくったため、完全な横倒しは防がれた。震え、髪を逆立て、ひざを震わせ、ヘロニモは斜めになった床を滑り下り、開口部へと向かった、二つの建物の衝突が牢獄の前壁に開けていた。
彼が外に出るやいなや、すでに一度揺れを受けたこの通りは、大地の二度目の運動で、完全に地中へ落ちた。みなを巻き込むこの破滅からいかにわが身を救おうかと考えることもなく、彼は瓦礫と残骸を越えて急ぎ、その間にも死が全方位から攻撃を仕掛けたが、一番近い市門の一つへ向かった。家が崩れ、彼を追い立て、瓦礫を撒き散らし、脇道へと駆り立て、炎が漏れ出し、煙の中で光り、家屋から噴き出し、彼を恐怖させ、また別の道へと連れ込み、マポカ川が岸から溢れ、水が押し寄せ、うなりを上げ、彼を第三の道へと引きずり込んだ。死者が山をなし、瓦礫の下で声がうめき、燃える家から人々が叫び、人間と動物が波と戦い、勇敢な男が懸命な救助を行い、死のように蒼ざめた別の男は立ちつくし、言葉もなく、震える手を天に向かって伸ばしていた。ヘロニモは門に辿り着き、門を出た先の丘に登ると、その上で気絶し、沈んだ。
彼は十五分ほど深く意識を失っていたかもしれない、ようやく目を覚まし、町に背を向けたまま、大地に上半身を起こした。自分の額や胸に手を触れてみても、なにがどうなっているのかわからなかった。言いようもない恍惚感に襲われたのは、西風が海から、戻ってきた彼の生に吹き寄せ、彼の目が、華やかなサンチャゴを見渡したときだった。心乱した人々の山だけが、いたるところに見られたが、彼の心に違和感を与えた。彼にはわからなかった、なにが自分と彼らをここへ連れて来たのか、そしてようやく振り向き、背後の町が沈んでいるのを目にしてはじめて、彼はみずからの体験した恐ろしい瞬間の数々を思い出したのである。
彼は額が地面に触れるほど深くひざまずき、奇跡的に救われたことを神に感謝した。そしてあの恐ろしい印象が心に刻み込まれ、それ以前の全ての印象を追いやったかのように、彼は喜びに泣いた、多彩な出来事に溢れたこの愛すべき人生をこれからも楽しむことができるのだ、と思って。そのあと、指にはめた指輪を目にすると、彼は突然ホセファのことも思い出した。それとともに牢獄も、そこで聴いた鐘の音も、牢獄崩壊直前の瞬間のことも思い出した。深い憂いがふたたび彼の胸を満たした。彼はさきほど祈りを捧げたことを後悔しはじめ、雲の上で世を統べる存在が、恐ろしいように思われた。
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