2010年10月3日日曜日

ドイツ文学史(1)

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 19世紀から20世紀への転換点、ドイツの第二帝政期を特徴づけたのは、工業化、都市化、大衆化であった。

 工業化を支えたのはドイツ帝国の教育である。ドイツはヨーロッパのどこよりも初等教育の整備が早かったが、帝政期においては、民衆教育とエリート教育が明確に分離された。人口の90%は中等学校まで進まず、労働者・農民として供給された。他方で聖職者、官吏、医者といった教養市民層は、ラテン語・ギリシア語の古典語習得を基礎として養成された。教養の世界と商工業・農業の実業の世界とが疎遠だったことが、他の西欧諸国との違いといわれる。

 この時期の厳格な教育、そしてそれを包む法治国家の安定という「退屈」が、19世紀末にかたちをとってあらわれた。青年運動である。ワンダーフォーゲルとは、定住より放浪、静止より運動、覚醒より陶酔、退屈より熱狂を求める願望であり、キャンプファイアーとは祝祭的野蛮の儀礼化だった。この運動が下火になってのち、同じ人々が第一次世界大戦を熱狂とともに迎えたことは知られている。

 芸術分野では、ミュンヘンを中心にユーゲント・シュティール運動が興った。彼らもまた、「青春の様式」として新しい芸術の創造を実践した。

さらに、合理化・工業化への反発として、自由教育運動があった。過度の専門化・効率化の弊害が批判され、芸術教育の重要性が説かれた。同様に生活改革運動が行われた。家庭菜園、禁酒・禁煙運動、裸体主義、自然治癒療法などが実践された。これらは、「近代」によって疎外されたものの復権を通じて人間性の開花を求める運動であった。

世紀末の生活文化運動のなかには、ニーチェ思想が引用された。たとえば、反アルコール運動では、ドイツ民族を愚昧にした二大麻薬はアルコールとキリスト教であるというニーチェの言葉が引用され、青年運動ではキリスト教からの離反が「ツァラトゥストラ」に託して表明された。

言語メディアの領域でも、目下の秩序に対する疑いが生じた。それは「言語懐疑」としてあらわれた。すなわち、①言葉は現実を正しく表現しているか、②言葉は現実を映さなければならないのか、ということに批判的なまなざしが注がれた。

①はジャーナリズム批判につながり、この領域でひとり戦ったのがカール・クラウス(18741936)である。②は現実からの言語の自立へとつながった。言葉と現実の関係を主題としたホーフマンスタール(18741929)の「チャンドス卿の手紙」(1902)や、現実には存在しない観念や感覚を言葉によって表現していくトーマス・マン(18751955)の小説が生まれた。

(続く)


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 「ドイツ」、「文学」、「ドイツ文学」、「ドイツ史」、「文学史」、「ドイツ文学史」等が近代以降の物語にすぎないことは自覚しつつ、あえて「ドイツ文学史」を抽象的にとりだし、そこからこぼれ落ちてしまうものを検証することで、何を探しに行きたくなるか考えたいと思って始める。
 
 しかしながら、現実逃避としての運動、反近代としての芸術、自然志向の生活改革、言語に対する懐疑などと抽象化すると、19世紀から20世紀への転換期が、20世紀から21世紀へのそれと驚くほど重なって見えるのだが、それは20世紀から21世紀への転換を経験した人間が抽象化しているからなのか、あるいは類似した事態が反復されていると考えてよいのか、それがわからないことが最初の収穫かもしれない。

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