2010年11月9日火曜日

クライスト(3)

喜劇「こわれがめ」(Der zerbrochene Krug, 1802-1806)

1.あらすじ

「かめが壊された」という訴えが村役場に持ち込まれる。村長にして裁判官のアダムが裁判を行うが、実は彼が犯人であることが、次第に明らかにされる。


2.メモ

・クライストのキーワードであるFallとGericht(あるいはProzess)を象徴する作品。

・法が近代化されるプロセスそのものを描いた戯曲。「村の法」と「国の法」の対立。

・あるいは、より大きな射程で近代化を捉えた作品かもしれない。例えば、「かめ」という「物」の扱い方。マルテ夫人はそれが「どんな」かめか、いかなる「歴史」と「価値」をもつかめか力説する一方で、司法顧問官(Gerichtsrath)ヴァルターは、そのかめに「何が」生じたかにしか関心をもたない。「物(Ding)」と「事(Sache)」の対立と考えることもできる。

・また、語りの複層性。アダム、マルテ夫人、ループレヒトがなかなか先に進まず同じ事を延々と違う角度から述べる垂直的な語りをするのに対し、ヴァルターは再三「先を続けて!先を続けて!(Weiter! Weiter!)」と急かす。

・あるいは「語り」と「質問」の対立と捉えられるか。ヴァルターは問う。「たずねよ、さらば与えられん」。

・以上のことから、喜劇であり裁判劇であるが、同時に「歴史劇」である。

・名前の象徴性。アダム、イブ、ヴァルター(「統治者/管理者」)、リヒト(「光」)など。

・作品がパロディであること。おもに「オイディプス王」と「聖書」のパロディ。

・リヒトは、「啓蒙の“光”を受けた者」という意味だろう。

・ヴァルターは、「(神のように)この世を統べる者」か「(官僚的)管理者」か、あるいは両方か、どちらでもないか、これは重要なポイント。

・分身のモチーフ。「ループレヒト」と「レープレヒト」。他の作品と比較できる。

・レープレヒトが「靴屋」であること。「チリの地震」でも靴屋が重要になる。

・書類の偽造、ねつ造のモチーフ。「拾い子」にも出てくる。

・「顔」の重要性。出来事が生じる場所。「チリ」や「拾い子」でも同様。

・「夫婦」のテーマ。多くの作品に共通。

・近代の法律家としてのヴァルターが最もよく示されているのは、彼が「適正手続」を遵守するところである。ヴァルターは、たとえアダムが犯人であったとしても、アダムが裁判官として下した判決を無効とはしない。その代わりに「控訴せよ」と助言する。これこそ近代法の原理である。手続きに瑕疵がなければ、内容にどのような問題があったとしてもその判決は尊重される。内容は控訴審で争えばよいからである。

・ヴァルターがGrundという言葉を使うこと。クライストの重要語であるGrundは近代的な思考と関係するものか。

・イブの行動原理。「真実」は問題でない。むしろ事実、現実がどうなるかが重要。そしてそれを支える「徳」は、名誉、信頼、献身といったものである。

・「異曲(Variant)」の重要性。「民兵と国防」というテーマ。言葉だけでは「真実」は伝わらないし、「現実」にも影響をもたないという(いわゆる「カント危機」的)テーマ。そして「財布」と「硬貨」のシーンの意味(「硬貨」といえば「チリ」だが)。

・決定的な瞬間が言葉では表現されないこと。「拾い子」でも復讐を決意する場面やセリフはない。あるいは、決定的な瞬間は言語的に生じるのではない、ということか。

・「国家の信用とは何か」という問題(Vgl. Handbuch)。貨幣と信用の問題(なのか?)。

・財布と硬貨のシーンは、イブが文盲であって手紙や布告、書類を読めないこととも関係している。近代化と識字率の関係。文盲の人々に対していかに「国家」を信用させるかという問題?

・最終場は近代法の勝利なのか? 全体として近代化を肯定的に描いた作品なのか?

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