2011年5月24日火曜日

あらたの誕生(4)

 今回はあらたの誕生から少し離れて、産婦人科に対する疑問を少々。といっても、飽くまでぼくは3つの産婦人科しか知らないので、産婦人科一般に対する批判ではない。

 「いのち」の生長と誕生はきわめて重要な、ほとんど「神聖」な出来事である。それはたしかだ。しかしながら、ぼくが経験した産婦人科では、その「神聖さ」の履き違えのようなものが何度か垣間見られた。

 どういうことかというと、われわれの通った産婦人科、特に出産でお世話になった産婦人科では、お金の話をほとんどしてくれなかったのである。「いのち」は神聖でも、「いのち」の誕生にはお金がかかる。それが資本主義だ。神聖なものの誕生を手伝ってお金を受け取ることも、手伝ってもらってお金を支払うことも、何も恥ずかしいことではない。しかしそれにいくらかかるのかと聞いても、「入院する部屋次第で変わるから」とか「どういう出産になるかで一概には言えない」と言って、結局事前に明確な指針を得ることはできなかった。これは「いのちはお金じゃない」というような決まり文句の履き違えとしか思えない。結果として、この産婦人科のサービスと費用のバランスや、不当に高額な料金を請求されるのではないかといったことに関して、事前の判断材料が欠けた。神聖な「いのち」なら不正な手続きで生まれてもいいということにはならない。それを顧客にチェックさせるのはサービス業として当然の責務ではなかろうか。

 まだある。あらたの退院予定日。午後に病院を出ることになっていたので、ぼくも朝から群馬にいた。午前中、帰るための仕度をしていると、ひとりの助産師さんが部屋に来た。彼女は突然、「お子さんは黄疸が強い。黄疸には問題ない黄疸と問題になりうる黄疸があり、お宅は後者である。まだ問題ないが、場合によっては脳に障害が出ることもある」と言う。そして、「だから赤ちゃんだけもう一日入院して治療することになりました」と言った。

 これには驚いた。「入院して治療することになりました」という決定事項として伝えられたのだ。まず入院に同意などしていないし、どれだけ深刻な状況なのか詳しい説明も受けてない。そして入院にも治療にも費用がかかるに決まっているのにそれには一言も触れてない。ただ「決まりました」ときたのである。ここには、「赤ちゃんのいのちは大切でしょうから、まさか医者の言うことに反対はしないでしょうし、ましてやお金のことなんて言う必要ありませんよね」という無意識の前提が透けて見える。これでは殿様商売である。ふっかけ放題である。資本主義の皮を被った悪質な道徳主義である。

 さいわい、事前に『育児の百科』等で勉強していたので、黄疸がほとんどの場合問題ないことは知っていた。そこで「どれほどひどい状態なのか」と聞くと、なんと実際には一日だけ基準値をやや上回ったに過ぎず、「脳に障害」などというレベルではまったくないという。では今日は予定通り退院させ、もとから予定されていた3日後の助産師検診の際にあらためて診察してもらい、そのときにまだ悪ければ入院治療としてはどうかと言うと、それでいいと言う。そんなオプションがあるならなぜいきなり入院を決定事項として伝えてきたのか。滅茶苦茶だった。予想通り、3日後の検診では黄疸のレベルは問題ない数値に下がっており、あらたはひとりで入院して日焼けサロンみたいな機械に一日閉じ込められて光を当てられミルクだけを飲まされるという経験をしないで済んだ。

 この助産師さんは退院直前にもう一度病室に来て、「実は自分がこの病院に来て以来、『入院させませんか』という勧めを断られたのは初めてだった。なにかわたしの言い方が悪かったのか。気付いたことがあったら教えてほしい」と言ってきた。これも驚いた。どう考えても、1)親の方に準備が足りず医者の言いなりにならざるをえない、2)子供は大切だから、本当に必要か否かに関わらず勧められたら念のためすべて受け容れる、お金は気にしない、3)断ると子供のいのちを大切にしてないように思われそうで断れない、のどれか、もしくは複数が理由だろう。助産師さんの言い方がよいも悪いもない。入院させる必要がないものを入院させないのは当然ではないか。

 子供の「いのち」の「神聖さ」を盾にとったような道徳主義的殿様商売は、程度の差はかなりあるものの、3つの産婦人科のすべてに見られた。しかし実際問題として出産にはお金がかかるし、生まれてからもお金がかかる。それに同意できなければ子供の誕生に関わってはならないと思う。その事実と産婦人科の実態は乖離している。まるでお金が存在しないかのようにすべてがまわっていくのである。こうした悪しき道徳主義は透明性の担保された出産プロセスへと移行すべきである。今後も必要があれば小児科等でこのことを主張しようと思っている。

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